大判例

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札幌地方裁判所 昭和44年(行ク)11号 決定 1969年8月22日

申立人

伊藤隆

(ほか一七二名)

右代理人

彦坂敏尚

(ほか二三名)

被申立人

農林大臣

長谷川四郎

右指定代理人

小林正人

(ほか七名)

申立人は昭和四四年七月七日当裁判所に対し保安林解除処分取消請求訴訟(同年(行ウ)第一六号、以下本案訴訟という)を提起し、あわせて右処分の効力を停止する旨の裁判を求めたので、当裁判所は当事者の意見をきいたうえつぎのとおり決定する。

主文

1  被申立人が昭和四四年七月七日農林省告示第一〇二三号をもつてなした左記保安林解除処分の効力を停止する。

(1)解除に係る保安林の所在場所北海道夕張郡長沼町(国有林)

(2)保安林として指定された目的水源のかん養

(3)解除の理由

高射教育訓練施設敷地および同連絡道路敷地とするため

2  申立費用は被申立人の負担とする。

理由

第一本件申立の趣旨およびその理由は別紙「申立の表示」のとおりであり、またこれに対する被申立人の意見は別紙「意見書」の、さらに被申立人の意見に対する申立人らの反論は別紙「反論書」の、そして被申立人の補充意見は別紙「補充意見書」のとおりであるのでいずれもこれを引用する。

第二当裁判所の判断はつぎのとおりである。

一保安林の解除処分によつて申立人らが受けるおそれのある損害について

1  本件記録にあらわれた当事者双方の主張の全趣旨および各提出の疎明資料によれば、つぎのような事実を認めることができる。

(1) 本件保安林指定の解除にかかる国有林(解除面積約三五ヘクタール、以下本件保安林という)は、夕張川の支流である富士戸川本・支流の上流部にあたり、夕張郡長沼町と由仁町との町界をなす、標高八〇ないし二九七米の馬追山山地一帯の、水源かん養保安林に含まれる一部である。この馬追山国有林は、トドマツ、エゾマツ等を主とした人工林およびナラ、シナ、イタヤなどの老壮令の天然生広葉樹林でおおわれ、また下層植生はクマザサが密生している、おおむね丘陵性の山地帯であつて、本件保安林は、そのうちの北寄の部分に位置している。

(2) この馬追山国有林は、明治三〇年、同四二年ないし同四四年の間四回にわたり、長沼町および由仁町の水田用水の確保および洪水による災害防止のために水源かん養保安林に指定された。指定当時の面積は二、一六一ヘクタールであつたが、戦後開拓用地にあてるため保安林の一部解除が行なわれ、その結果、保安林の面積は、長沼町一、〇九六ヘクタール、由仁町四一二ヘクタールとなつた。しかして、昭和四二年六月右の長沼町所在の分のうち六七ヘクタールが防衛庁に所管換えされ、そのうちの約32.3ヘクタールと林野庁所管国有林約2.8ヘクタール(以上の約三五ヘクタールが本件保安林である)について、被申立人は、同四四年七月七日主文記載の保安林指定の解除処分をした。

(3) 申立人らはいずれも本件保安林所在地の長沼町の住民であるが、長沼町は、石狩川支流の千歳川、夕張川に囲まれた東西15.5粁、南北21.1粁(面積約一六万九、〇〇〇平方米)の地域にひろがる農村で、本件保安林のある馬追山が町の東部約二割の面積を占めるほかは、すべて海抜7.3ないし15.2米の低地帯であり、この馬追山系より以西の長沼町の市街地を含む平野部は、肥沃な耕地が多く石狩川流域における屈指の米作地帯であつて、地域住民は、現に灌漑用水、飲料水などを馬追山の沢水に頼つている。

(4) その反面この地域は、右のように低地帯のため従来から洪水、水害に見舞われることも多く、戦前ことに夕張川の切替工事完成(昭和一〇年)以前においては、ほとんど毎年のように夕張川、千歳川の屈曲した流れが勾配緩慢で流水面積が狭少なこの地域で氾濫していた。戦後は、治水工事によつて河川への注水と流入の円滑化が進んだが、一方、馬追山などの山麓およびその付近の扇状地帯での造田、耕作が進められ、これによつて扇状地帯の流水調節機能が低下し、河川流水量が増大した。長沼町では、市街地の中央部を通る馬追運河をはじめ数本の運河を馬追山麓から夕張川、千歳川辺まで設置して内水をこれに排出しているが、排水路勾配が非常に緩いため、平時でも運河から河川への内水の流出に長時間を要し、加えて、いつたん長期降雨時となると、石狩川本流およびその支流の江別川、千歳川が逆流現象を起すという悪条件が重なるために、逆水門を閉鎖することになり、そのために運河からあふれる内水が低地帯に浸水し長時間排除されず、浸水被害を大きくしていた。同三〇年七月、同三六年七月、同三七年八月、同四〇年九月、同四一年八月にこの地域に発生した大洪水は、いずれも右のような原因によるものであつた。そこで、馬追運河、南六号排水、南九号排水に、内水排除のためのポンプによる排水機設置計画が立案され同四三年一〇月完成し、洪水時には専らポンプによる機械排水にたよつている状態である。本件保安林区域より流下する富士戸川本・支流は、東四線排水および零号排水を経由して馬追運河に排出されている。

2 以上の事実関係のもとにおいては、本件保安林指定の目的と機能(保安林中、水源かん養保安林の主要な目的は流水調節の機能であり、森林の樹木による直接的な作用と同時に、森林により形成された土壤の作用によつて、広域に降る雨を面として調節し、地表流の速度と量の調節がなされる)にかんがみ、本件保安林解除にもとづき、伐木、防衛施設建設工事がなされることによつて従前本件保安林によつて保たれていた流水調節機能が損なわれ、さらには土砂流出、段丘崖の崩落等をも誘発して、下流の長沼地区に洪水などの災害をもたらす危険性の増大することが考えられ、したがつて、申立人らは、前記のような洪水などによりその生命・財産などに回復し難い損害を蒙るおそれがあり、かつ、これを避けるため、本件解除処分の効力を停止する緊急の必要があるものと認めるのが相当である。

3 この点について、被申立人は、本件保安林指定の解除により、立木を伐採し、防衛施設の建設工事をすることによつて、従来の水源かん養保安林として果してきた機能が低下することは否むことはできないが、そのために設置する灌漑用水および飲料水確保のための代替施設、洪水防止のための代替施設および砂防施設などにより、本件保安林としての機能は完全に補填、代替されるばかりか、場合によつては従前以上の機能を果すのであつて、申立人らには何らの損害も生じない旨主張する。しかしながら、これらの代替施設のうち、洪水防止のための諸施設および砂防施設などについての当事者双方の主張ならびに全疎明を比較検討してみると、被申立人の主張どおりの富士戸一号堰堤の建設、同二号堰堤の補強、馬追運河左岸の嵩上げ工事などの洪水防止のための代替施設および七基の砂防堰堤の設置などの砂防対策工事がなされたとしても、本件保安林指定の解除にもとづく前記のような保安林機能の低下を完全に補填、代替し得るものであるか否かについてはなお疑問の余地があり、したがつて、被申立人がその主張のような代替施設を設置する計画を有し、かつ確実にこれを実施するとの事実だけでは未だ前記の結論を左右しえない。

4 なお被申立人においては、森林法第三四条、同法施行規則第二二条の八の趣旨によつても、本件解除処分の効力停止とは関係なしに代替工事自体を実施しうるところであるから、本件保安林の機能の低下を完全に補填しうる工事を完成した後、その危惧される損害の発生の危険性が消滅したことを疎明して、行訴法第二六条により本件執行停止決定の取消を求めることができる。

二本案について

(一)  本案訴訟の適法性(訴えの利益)について

1 行訴法第九条によつて、行政処分の取消しを求めうるものは、その取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者であることを必要とするところ、被申立人は、この点につき、森林法の保安林制度は災害の防止、水源のかん養など公共の目的のために設けられたものであつて、かりに保安林により洪水、水害などの災害が避けられ、あるいは灌漑用水などの確保ができるなどの利益を受ける者があるとしても、それらの者の利益は単に個人的、反射的利益にすぎず、直接法によつて保護された利益ということはできない。したがつて、申立人らは本案について原告としての訴えの利益を有しないものである旨主張する。

2 しかしながら、被申立人のいう保安林制度の公共の目的とは、単に個々の特定人の保護を目指すものではないということを意味するにとどまり、その保安林によつて利益を受ける一地方、一区域の住民が全くその対象から除外される趣旨とまでは解することができない。のみならず、現に森林法の規定自体のなかでも、たとえば、同法第二七条第一項の「直接の利害関係を有する者」のなかには同法または同法にもとづく命令の規定による処分の効力が直接におよぶ者、たとえば森林所有者などのほか、現に保安林により洪水、土砂の流出、土石の崩壊、風害、水害、潮害などの災害が避けられ、あるいは灌漑用水、飲料水などの確保ができるなどの利益を受けている者、もしくは保安林として指定されることによりこれらの利益を受けることができる者などのいわゆる受益者をも含むものと解することもでき、かような受益者であつても、同法第二七条にもとづき、直接の利害関係を有する者として農林大臣に対し、保安林の指定、解除の申請ができ、また同法第三二条においては、保安林の指定、解除について右の者に異議意見書の提出権を認め(同条第一項)、この意見書提出があつたときは農林大臣は公開による聴聞を行なうべく(同条第二項)、かつ聴聞をした後でなければ保安林の指定、解除をすることができない(同条第四項)などの旨定めている。このような諸規定の趣旨にかんがみると、前述のような保安林による受益者の利益は、単なる反射的利益というよりはむしろ法によつて保護された利益ということも可能なのであつて、前記一で記述したように、申立人らはいずれも長沼町居住の住民であり、かつ本件保安林をも含む馬追山国有林が保安林指定を受けた経緯および現況からみると、申立人らが本件保安林により受けていた利益も単に被申立人主張のように、一概に法によつて保護された利益でないということはできず、したがつて、申立人らは、いずれも本件保安林指定の解除処分の取消しを求めるにつき、一応法律上の利益を有するものということができる。

(二)  聴聞会の無効の主張について

1 申立人らのうち、異議意見書を提出しなかつた者は、この違法を理由として本件保安林解除処分の取消しを求めることはできないので、以下本項においていう申立人らとは、本件申立てをなした申立人らのうち異議意見書を提出した別紙「当事者目録」の1ないし31の申立人のみを指称する。

2  前述の森林法の諸規定の趣旨にかんがみると、同法第三二条、同法施行規則第二一条の二にいう聴聞会は、前述の森林所有者などのほか、いわゆる受益者の利益が、不当に無視されたり、侵害されたりすることのないよう、異議意見書の提出者にさらによくその意見の内容について、具体的に説明、陳述する機会を与え、これによつて適正な行政を担保しようとするためのものと解せられ、法によつて公聞を要求されているのもこの趣旨からであり、かつ前記法第三二条第二・四項の規定からしても右聴聞会の開催は保安林解除処分のための義務的要件である。したがつて、聴聞会手続における瑕疵は、ひいては保安林解除処分の瑕疵にも影響しうるものといわなければならない。

3 しかして、本件疎明資料および当事者の主張の全趣旨によれば、申立人らは、本件保安林解除のために被申立人が昭和四三年九月一六日から一八日までの第一回(札幌市)および同四四年五月八日から一〇日までの第二回(長沼町)の二回にわたり開催した聴聞会において、議長の予定告示内容の説明の際、予定告示の記載された解除理由である高射教育訓練施設敷地とするためとの告示と、実際の保安林解除の理由すなわち実戦部隊であるナイキ・ハーキュリーズを装備する航空自衛隊第三高射群施設敷地とするためとの議長の説明とが異なることに端を発し、これに代替施設の内容や工期が明らかでない(第一回聴聞会)、保安林解除によつて設置される施設の内容について明らかでなく、代替工事の内容も第一回聴聞会の際の説明と異なる(第二回聴聞会)などの疑点をも附加して、議長の告示内容の説明について釈明を求める質問をくり返し、議長が意見の陳述を促しても、これら各点についての疑義が解明されない以上異議意見の陳述はできないとして、意見の陳述を拒んだことが一応認められる。

4 ところで、森林法施行規則第二一条の二第三項によれば、聴聞会においては、議長は、まず、聴聞にかかる同法第三〇条などの規定による告示の内容を説明した後、意見書提出者またはその代理人に異議の要旨および理由を陳述させなければならないとされているが、ここに「告示の内容の説明」として、議長がどの程度の説明をすることが要求されていると解すべきかについては、当該聴聞会およびこれに至るまでの一切の諸事情を総合し、具体的な場合に応じて判断されなければならないものと考えられる。そしてこの点について前掲各疎明資料からは、前記各聴聞会においては議長が右森林法各条項の規定および趣旨にそつた十分な説明をなさなかつたのではないかと疑う余地もあり、なお本案で審理を尽してみなければ、果して被申立人の主張するように、議長が行なつた告示内容の説明に対し質問という形で多数の出席者から異議意見の陳述がなされたのである(第一回聴聞会)とか、あるいは、申立人らはいたずらに手続の混乱を作動するのみで誠実に意見を陳述しようとする態度をとらなかつたのであるからみずから聴聞の機会を放棄したものである(第二回聴聞会)との如く評価することができるものかどうか確定することができない。したがつて、現段階においては、被申立人の主張および全疎明にもかかわらず、「各聴聞会は一人の意見提出者も意見を述べる段階に至らぬままに終つたもので、法定の聴聞会は結局開催されていない」とする申立人らの主張をただちに理由がないとみることはできないものといわなければならない。

(三)  保安林解除処分の公益目的の不存在について

1 本件記録にあらわれた当事者の主張の全趣旨および疎明資料によると、防衛庁は、昭和四一年一一月二九日に国防会議および閣議において決定された第三次防衛力整備計画に基づく防衛力強化の見地から、本件保安林を、今後、航空自衛隊第三高射群(地対空誘導弾部隊)施設の敷地として使用する計画であり、右高射群は、一朝有事の際にわが国における政治、経済の中枢地域および交通の要衝を防護する任務にあたるとともに、即応態勢において教育訓練を実施するものであり、本件保安林の解除処分も、結局、右目的達成のためになされたものであることが認められる。

2 申立人らは、憲法第九条第二項にいう「戦力」とは、「対外的な戦斗を行なうに足りる実力すなわち対外的な戦斗能力をもつ人的、物的組織」であり、わが国の自衛隊は、右「戦力」にあたることが明らかで、憲法の右条項に違反する存在であるから、本件保安林の指定を、右のような目的で解除することは、森林法第二六条二項にいう「公益上の理由」に該当しない旨主張し、これに対して被申立人は、憲法第九条第二項にいう「戦力」は、同条第一項で放棄した国際紛争解決の手段、すなわち自国の主張を他国に認めさせる圧迫手段としての軍事力を意味するものであつて、自衛隊は、たんに主権国である日本の有する自衛権に基づくものであり、そのために必要かつ相当な限度内にとどまるものであるからこれに該当しないと主張する。

3  憲法第九条第二項にいう「戦力」の意義および自衛隊が右「戦力」にあたるかどうかの点は、たんなる右各条項の形式的な文字解釈からのみ決しえないものであることは当然であるが、少なくとも、自衛のために必要かつ相当な限度内にとどまるものであれば、いかなる軍事力も憲法の右条項にいう「戦力」にあたらないとすることには疑問があり、結局、自衛隊自身の規模、装備、能力などを実態に即して検討し、それが現行憲法全体の精神に反する場合には、憲法第九条にいう「戦力」に該当するとの判断を受けることもありうることであつて、もし、自衛隊の存在自体が、右憲法の条項に違反するとすれば、当然に、その防衛施設設置のための本件保安林解除処分は、森林法第二六条第二項にいう「公益上の理由」にあたるとはいえず、右の各点について未だ本案の審理を経ない現段階において、この点に関する申立人らの主張を、ただちに、理由がないと見ることはできないといわなければならない。

三公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれの存否について

(一)  被申立人は、本件保安林解除処分の効力が停止されれば、すでに決定された前記第三次防衛力整備計画の完遂に支障を生じ、場合によつては、右計画の一部修正を余儀なくされるという事態を生じ、これは、行訴法第二五条第三項にいう「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」に該当すると主張する。そして、本件記録中の疎明資料および当事者の主張の全趣旨によると、本件保安林指定の解除処分の効力が停止されると、右防衛力整備計画に基づく第三高射群(ちなみに、右高射群は三個高射隊の編成であつて、そのうち、二個高射隊は千歳基地に設置され、残る一個高射隊のみが、本件保安林跡に設置される計画である)の編成完結に、多少の時間的おくれを生じ、場合によつては、右計画を一部修正せざるを得なくなる事態の生ずることは認められる。

(二) しかしながら、いうまでもなく、一般的にいつて、一国の防衛計画は、国際および国内の諸般の複雑な情勢を総合して決せられる高度に政治的な判断に基づくものであるが、それは、しよせん一つの政策であつて、通常は、絶対にかくあらねばならないというまでの必然性を有するものではなく、また、右計画を推進するための諸施策(たとえば、施設を設置すべき時期および場所の選定等)は、つねに、防衛計画上の効果のほか、右施策の推進により受けるべき国民の側の損害をも考慮にいれ、総合的な視野から判断して決すべきものであることは当然である。しこうして、前記二(三)で記述した如く、自衛隊の現況自体が、もし憲法第九条の各規定に違反するものとすれば、本件保安林の解除処分はただちに何ら公共の利益に合致するものではないといわなければならないが、かりにこの点を別としても、一国の防衛計画およびこれを具体的に推進するための諸施策の決定が、前記のようなものであるとすると、現実に行なわれる防衛力整備計画の遂行は、いちがいに時間的おくれやその一部修正等を施す余地のないほど画一的なものとは考えられず、ましてや、わが国に対する諸外国からの攻撃その他の国際紛争が現実に発生し、またそのおそれが緊急に差迫つているといつた事情の認められない現段階においては(被申立人も、右のような危険が生じていると主張しているわけではない。)、被申立人の主張するごとく、本件保安林解除処分の効力停止に伴い、たんに防衛計画上の遂行に、さきに見た程度の支障を生ずるという一事のみをもつて、ただちに、前記行訴法の条項にいう「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」にあたるということはできない。

四よつて、申立人らの本件申立てを認容することとし、申立費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。(福島重雄 木谷明 石川善則)

申立の表示

(申立の趣旨)

被申立人が昭和四四年七月七日農林省告示第一〇二三号をもつてした左記保安林解除処分の効力は本案判決が確定するまでこれを停止する。

(1) 解除に係る保安林の所在場所

北海道夕張郡長沼町(国有林)

(2) 保安林として指定された目的

水源のかん養

(3) 解除の理由

高射教育訓練施設敷地及び同連絡道路敷地とするため

申立費用は被申立人の負担とする。

との裁判を求める。

(申立の理由)

第一、(処分)

被申立人は昭和四四年七月七日申立の趣旨記載保安林を解除する旨の処分をした。

第二、(当事者および本訴の提起)

申立人等は右解除保安林所在地の北海道夕張郡長沼町の住民で右解除に直接の利害関係を有する者であり、本日被申立人を被告として保安林解除処分取消請求訴訟を提起した。

第三、(取消事由)

被申立人の本件処分について申立人等の主張する取消事由は後記のとおりである。

(処分の違法性―取消事由)

本件処分は左記事由により違法であり取消を免れない。

一、(憲法第九条、森林法第二六条二項違反―公益目的の不存在)

憲法第九条二項に違反する自衛隊のミサイル基地設置は森林法第二六条二項の「公益上の理由」に該当しない。

(一) 憲法第九条二項の「戦力」とは「対外的な戦斗を行なうに足る実力即ち対外的戦斗能力をもつ人的、物的組織」(法学協会編注解日本国憲法)である。

ところで自衛隊は昭和二五年六月、朝鮮戦争の開始とともに占領軍最高司令官ダグラス・マッカーサーの指令により、はじめ警察予備隊として編成され、その後名称を保安隊に変え、更に昭和二九年六月自衛隊法制定と共に現在の「自衛隊」になつたのである。装備はMSA協定などによりアメリカからの供与を受けていた。その後、第一次防衛力整備計画に始まる三次の防衛力整備計画により、戦車、重砲、戦斗機、軍艦など重火器を多数備え、近代戦遂行能力としては、旧日本帝国軍隊を越えるといわれるものになつている。

このような装備と約二八万名の隊員を容する「自衛隊」は、前記憲法第九条二項にいう「戦力」に当ることは明らかである。

(二) ところで、本件保安林の解除理由は自衛隊の「高射教育訓練施設の設置」のためとされているが、その実体は第三次防衛力整備計画に基づき航空自衛隊が装備する地対空誘導弾ナイキ・ハーキュリーズの基地設置であり、これはミサイル実戦部隊の配備である。

ナイキ・ハーキュリーズは核・非核両用の弾頭を装着しうる核・非核両用兵器で、射程距離一三〇キロメートル、速度マッハ三の性能をもつ最も近代的な兵器であり、専ら外国軍隊との交戦にのみ供されるものである。

(三) したがつて、かかる自衛隊のミサイル基地設置が森林法第二六条二項の「公益上の理由」に該当しないことは、憲法第九条二項に照らし明らかである。

二、(森林法第二六条二項違反―必要性の不存在)

本件解除処分は、森林法第二六条二項に規定する公益上の理由により「必要が生じたとき」の要件を欠き違法である。

法が保安林の制度を設けた趣旨は、「国土の保全と国民経済の発展に資する」(森林法第一条)にある。とくに水源かん養保安林は、水量調節によつて洪水防止および用水確保という農業生産、住民の生命・財産を保護する公益的機能をもつ。したがつて、これが解除は、公益目的に対する高度の「必要性」が要件とされ、林野庁自身「保安林が供される事業の目的およびその性格等から、その土地以外に他に適地を求めることができないこと」と定め(昭和三六・五・一八、三六林野治第四二〇号林野庁長官通達)、「必要性」の要件を厳格に規制している。

ところで、本件解除の告示は、「高射教育訓練施設の設置」をその理由とするが、もし教育訓練施設の設置であるならば、前記のごとき機能をもつ保安林の解除(伐採)をあえてする必要性は全くない。自衛隊が全国に広大な基地・演習地を有することは公知の事実であつて、到底「他に適地を求めることができない」場合にはあたらないからである。

三、(森林法第二六条二項解釈の誤り―代替施設の欠缺)

本件解除告示は、保安林の機能を維持するに足る代替施設が現に存在しないままに行なわれた。また被告が予定する代替施設はその内容が不明確かつ不十分である。よつて、森林法第二六条二項、同第一条の解釈を誤つた違法があり、かつ前記林野庁長官通達(第二の二(1))にも反する。

すなわち、水源かん養保安林は、前記のような公益的機能を有しているところから、他の公益目的を理由とする解除のばあいも、解除による保安林機能の低下に伴い、この機能を代替する施設の設置が法の当然要求するところとして解釈上導かれる。このことは、法が保安林制度を設けた前記趣旨に照しても明らかであるし、現に林野庁自身、前記通達において、「保安林を解除する場合には、保安林を事業の用に供する者において、当該保安林のもつ効果を維持するために必要な施設をつとめて講ずるよう措置するものとする」(同通達第二の二(1))と定めているのである。

ところで、本件解除処分が行なわれた馬追山保安林を有する長沼町は、明治二五年の開村以来現在まで、相つぐ水害・洪水に見舞われている被災地域であつて、これまでの水害・洪水に際し、右保安林が果してきた被害緩和・抑止の機能ははかり知れないものがある。しかるに本件においては、右保安林の解除に伴う樹木の伐採・土木工事の着工などにより右機能が著しく低下もしくは破壊されるにかかわらず、解除告示の時点において、それに代替する何らの施策が講じられていないばかりでなく、予定代替施設工事の内容は公表の都度大幅に異るもので、未だ確定しておらず、またその工事内容自体不明確である。

右のように代替施設が未だ存在せず、またその内容が未確定のままになされた本件解除告示は、森林法第二六条二項、同第一条の解釈を誤り、これを濫用した違法がある。

四、(森林法第三二条二項違反―聴聞会の無効)

本件処分は森林法第三二条二項に定める公開による聴聞(以下聴聞会という)を行わずにした違法がある。

(一) 北海道知事は昭和四三年七月一九日及び同月二七日にそれぞれ請求の趣旨記載の保安林を解除予定保安林にする旨森林法第三〇条による告示をした。

そこで右解除に直接の利害関係を有する一三九名の長沼町住民は右告示の内容に異議があるので、森林法第三二条一項に基き法定の期間内に北海道知事を経由して被申立人に意見書を提出した。

右のような場合、農林大臣は森林法第三二条二項により公開の聴聞会を行なわなければならないとされている。

(二) 被申立人は、昭和四三年九月一六日から一八日までの三日間、札幌営林局において、および同四四年五月八日から一〇日までの三日間、長沼町公民館において聴聞会を開催することにした。(以下それぞれ第一回聴聞会、第二回聴聞会という)

(三) 第一回聴聞会において被申立人の指名した議長は議事次第が「一、開会宣言、二、告示内容の説明、三、意見書提出者の陳述、四、散会」である旨を告げて開会を宣言し、第二の告示内容の説明をした。

ところが議長の右説明によると、保安林解除の理由が知事の告示した「高射教育訓練施設」敷地とは異なり、実戦部隊であるナイキ・ハーキュリーズを装備する航空自衛隊第三高射群施設敷地のためであることがはじめて述べられ、告示による解除理由と実際の解除理由の不一致が明らかになつた。

また右解除に伴う代替施設について長沼町議会では町長から三十一億円の予算規模の施設をすると説明されていたが、議長の説明ではわずかに四億三、二〇〇万円の施設で、しかもそれは解除後数年間に亘つて行なわれるものであるというものであつた。

そこで出席した意見書提出者から議長に対し、告示内容と議長の説明の不一致について明確にするように質問がなされたが、議長はその説明をしないまま、意見を陳述せよと述べるのみであつた。このため結局第一回聴聞会は予定された三日間、一人の意見陳述もなされないままに終つた。

(四) 第二回聴聞会においても議長は保安林解除によつて設置される施設の内容については一切説明せず更に代替工事の内容も前回の説明と異なるものであつたため意見書提出者は右説明に対する質問を求めたが、議長は質問すらも認めず意見を述べるよう要求するのみであつた。

このため、結局三日間とも前回同様意見書提出者は一人も意見を述べることができずに終つた。

以上のように右各聴聞会に保安林解除について、その目的、必要性、代替措置その他の重要な内容を明示しないため一人の意見書提出者も意見を述べる段階にいたらぬままに終つたもので、法定の聴聞会は、結局開催されなかつたということになる。

法定の手続である聴聞会が開かれていない以上本件保安林解除処分はその手続に重大な瑕疵があり違法である。

第四、(執行停止の必要性と緊急性)

(一) 回復不能

被申立人は、本件保安林解除を告示した現在、直ちにそれを伐採し、施設(基地)構築のため稜線の堀削、沢の埋積をはじめとする大規模な土木工事の実施に着手しようとしている。

これによつて、洪水防止、用水確保という保安林の水量調節機能を全面的に破壊するに拘らず、現に代替機能を有する施設の設置が皆無であるから、地域住民に明白かつ重大な現実の危険をおよぼすことが不可避である。

また、被申立人が保安林伐採と基地構築工事を進行し、もしくは完成した場合には、かりに本案訴訟において申立人らが勝訴の確定判決を得たとしても、経験則上明かなとおり、長年月にわたつて自然に形成された稜線、沢などを旧に復することは殆んど不可能であるし、新規植樹が保安林としての機能を保持するまでに数十年を要するから、この間地域住民は生活不能に近い重大な危険にさらされ、到底回復し難い損害を蒙ることとなる。

本件保安林が現に果している機能と、過去の事例が端的にこれを示すので、以下にこれをのべる。

(二) 長沼町の地勢と本件保安林の機能

長沼町は、石狩低地帯のほぼ中央に位置し、石狩川支流の千川、イカベツ川、夕張川に囲まれた東西15.5粁、南北21.1粁(面積一六七、八六九平方粁)の地域にひろがる農村で、南を自衛隊基地のある千歳、恵庭に接している。

本件保安林指定のある馬追丘陵は最高が272.8米にすぎないが、広大な石狩大平原の中央部に位置する唯一の丘陵であり、これが町の東部約二割の面積を占めるほかは、すべて海抜7.3米から15.2米の低地帯である。

この地域は、有史以前からの水害、河川氾濫によつて形成された沖積層のため地味肥沃で、北海道随一の米作地帯であり、現に飲料と灌漑を保安林によつて貯えられた馬追山の沢水に頼つているほか、明治二五年の開拓民による開村以来相つぐ水害、洪水の中で馬追山保安林が果した被害の機能は、はかり知れないものがある。

(三) 戦前の水害状況

(省略)

(四) 戦後の水害状況

1 昭和一〇年、夕張川の切替工事が一七年間の歳月を費して完成した。それまでの水害、洪水は、河川の屈曲した流れを自然のまま放置したため、勾配緩慢で流水断面積が狭少な長沼地区において「氾濫」したのが主な原因であつたから、新水路築提による石狩川本流への円滑な流水誘導が、その、抑制に一定の成果を示すこととなつた。

2 しかるに、戦後とくに昭和三〇年以降、長沼町は再び水害の常襲するところとなり、その規模、被害額も戦前のそれに匹敵するものが毎年のように相つぎ、現在にいたつている。

現在の水害は、戦前のそれと原因を異にする。それは、むしろ治水工事によつて河川への注水と、流水の円滑化が進んだこと、および国の勧奨による造田の激増とくに本件馬追山などの山麓、扇状地帯の耕作が溜池を利用して行なわれ、これによる出水と扇状地帯の水調節作用(貯水能力)消滅等により、河川流水量が激増したことによる。

長沼町は、中央部を通る馬追運河はじめ五本の運河を丘陵山麓から夕張川、千歳川辺まで設置して内水をこれに排水するが、低地帯で河床勾配が七三〇〇分の一という状態のため運河から河川への排水が円滑にすすまず内水流出に長時間を要することに加えて、降雨時は例外なく石狩川が逆流現象を起こすため、逆水門を閉鎖してこれを防止することとなる。このため河川水面が地表、および運河水面より高位となつて、運河からあふれる内水が低地帯一面に浸水し、長時間排除されず浸水被害が甚大なものとなつている。(地形的には地表が海面より低位にあるオランダと全く同じである)

3 最近における被害状況のうち記録された分だけでも、次のとおりである。

昭和三〇年(七月)洪水

降雨による排水の増水はん濫および石狩川増水に伴う逆水冠水による畑の流失、埋没・冠水被害七二町歩。

昭和三六年(七月)大洪水

右と同様の被害により五五一、八三四、〇〇〇円の被害総額。

昭和三七年(八月)大洪水

昭和四〇年(九月)大洪水

昭和四一年(八月)大洪水

被害額六九四、六〇七、〇〇〇円で、昭和三七、四〇年と同規模といわれる。

(五) 治水の緊急性と本件保安林解除

1 かくて、長沼町では昭和四三年一〇月ようやく馬追運河に排水機場(ポンプ)が設置稼働するにいたつたが、これを運河に集めた地域の流水をポンプによつて河川に汲み上げ排出しようとするものである。

しかし、水害を防止するには程とおく、今後さらに増設置するとともに、水量増加に伴う河川堤防の補強および出水量抑制の施策が緊急に必要とされている。

本件馬追山保安林の解除はこれに逆行する施策である。伐採剥土によつて水の浸透性が失われるから降雨時の出水量が激増することは必至であり、本件保安林の伐採のみで毎秒五トンを超える出水量増加をきたすとの懸念が一般化している程である。

とくに、瞬間的出水量増加は、同じ降雨量であつても、掃流力、侵触力が強まり、また剥土による土砂の流出はこれが河床に供給、埋積されたり田畑への流出を不可避とする。他方、これを防止するために排水設備を完備すれば、ますます地下浸透がすくなくなり、一層出水時のピークが重なることとなる。

かく、保安林伐採の影響は測り知れない程大きいものがある。

飲料、灌漑用水としての沢水の利用は、着工と同時に不能となる。沢を歩行するだけで飲料不能となるのが現況だからである。

2 馬追山国有林が七〇年余にわたつて水源かん養保安林に指定され、その伐採が激しく禁止されてきた所以は以上のような長沼町の地理的環境と歴史的事実によつて裏付けられている。

「明治以来水害のなかつた年は殆どないという有さまで、……長沼町がこのような水害の悩みの中に一歩一歩前進を続け得たのは、農民の不屈な精神と今ひとつは馬追山麓沿いの無水害地帯があつたことによる」との指摘は、単に地域住民が一致して認めるだけでなく、被申立人(農林省)こそが最もよくそれを知り、強調しつづけてきたのではないか。高射訓練施設またはミサイル基地設置という目的のため、これを覆して農民に犠牲を強いるべき如何なる合理的事由があるというのか。

昭和三六年七月および昭和六年の大水害に際し、千歳川上流の王子製紙支笏湖発電所の放水が住民の苦情、抗議をよんでいる。低地帯に生きる住民は、これ程水に対して敏感であり脅威を感じているのである。

3 被申立人が、むしろ国の施策によつて治水措置をこうずべき緊急な必要性があるに拘らず、却つて住民に致命的損害を与える危険を敢えておかそうとし、しかもその危険は、今日・明日にでも起りうるし、また、一度被害を生じた場合は、必ずしも馬追山周辺住民のみに限らず、広く千歳川、夕張川、石狩川下流々域住民の生命と財産に危険を及ぼすから、結局それが保安林解除の結果にもとづくか否かの立証は不可能に帰し、被申立人による事後的救済は到底待しえないこととなつてしまう。

(六) 代替保障機能の欠如

被申立人の公表する代替施設は、長沼町長の説明では費用総額三一億円と称され、第一次聴聞会では四億三二〇〇万円、第二次聴聞会では八億二七〇〇〇万円、昭和四四年度防衛庁予算では三億円といわれて、金額内容ともにその都度異なり、必ずしも確定していない。

まして、前記のとおりの水源かん養機能に代替しうべき科学的検討を経たものが全くない、無責任なものにすぎない。しかも、保安林解除の現時点ではその代替施設すら皆無である。

申立人は、本件保安林指定解除告示の取消訴訟を提起しているが、以上の理由により右の本案訴訟確定にいたるまで、右告示の効力の停止を求める。

長沼町における水稲収穫量が昭和六年から同一〇年までの平均五万余石から、昭和一一年九万石、同一三年一〇万石と飛躍的に上昇したことは、水害が農業生産におよぼす影響を顕著に示す事例である。

夕張川切替工事は国が明治三二年本件馬追山国有林の保安林指定をして以来はじめての治水対策というべきものであつた。

意見書

意見

本件申請はこれを却下するとの決定をすべきものと思料する。

理由

第一、保安林指定の解除処分をするに至つた経緯

一、本件保安林の概要

1 概況

本件保安林は、夕張川の支流の上流部にあたり、夕張郡長沼町と由仁町との町界をなす標高八〇ないし二九七米の丘陵性の山地約一、五〇〇ヘクタールの水源かん養保安林の一部である。水源かん養保安林は、森林の有する理水機能に着目したものであつて、用水の確保、洪水防止の機能を有するものである。

ア 地況

地質は、第三紀層に属し、基岩は、砂岩、泥岩、頁岩、凝灰岩および安山岩などから構成され、樽前火山灰が堆積し、土壌は、砂壌土からなつている。傾斜は五ないし二〇度の緩斜ないし中斜地で、南北に背梁が走る丘陵地形である。

この背梁から東西に多数の渓流が流出しているが、保安林指定の解除地(約三五ヘクタール)は、この団地の北寄りの小水系の一部で、集水区域内にある保安林面積は二八七ヘクタールである。

イ 林況

約一、五〇〇ヘクタールにわたるこの保安林は、トドマツ、エゾマツ、カラマツ、ストローブマツ等の五〜三五年生の人工林が主体をなし、一部比較的急斜地は、ナラ、シナ、イタヤ等の老壮齢の天然生広葉樹でおおわれ、ヘクタール当り約一三〇立方米の蓄積を有し、生育はいずれも中庸である。下層植生はクマザサが密生している。

このうち指定解除地は、約七〇%(二五ヘクタール)が人工造林地で、他は広葉樹を主とした天然生林であり、人工林は六〜三五年生の前記樹種からなり、このうち七七%(一九ヘクタール)が一二年生以下、その半数が六年生である。

2 保安林の指定

この一団地の保安林は、通称馬追山国有林とよばれ、明治三〇年、四二年ないし四四年の四回にわたり長沼町および由仁町の水田用水の確保および洪水による災害防止のために水源かん養保安林に指定された。

指定当時の面積は、二、一六一ヘクタールであつたが、昭和二四年、二七年の二回にわたり開拓用地にあてるため保安林の一部解除が行なわれた。その結果保安林の面積は長沼町一、〇九六ヘクタール、由仁町四一二ヘクタールとなつた。昭和四三年六月このうち長沼町所在の分六七ヘクタールを防衛庁に所管換えし、そのうち約三二ヘクタールと林野庁所管国有林三ヘクタールについて本件保安林指定の解除処分がなされたのである。

二、本件保安林指定の解除の手続

本件保安林指定の解除の手続は二つに分かれている。その一は札幌防衛施設局長が航空自衛隊第三高射群施設(高射教育訓練施設)敷地とするため森林法二七条に基づいて農林大臣に申請したものであり、その二は、右施設の連絡道路として必要な部分について札幌防衛施設局長が国有林野法による国有林の貸付申請をしたことに基づき、所轄札幌営林局長が農林大臣に対して保安林指定の解除の上申をしたものである。以下右解除手続の概要について述べる。

(1) 札幌防衛施設局長は、昭和四三年六月一二日航空自衛隊第三高射群施設(高射教育訓練施設)を設置するため、農林大臣あての同日付保安林解除申請書を北海道知事に提出した(森林法二七条一項二項)。

(2) 北海道知事は、同年六月一三日、右保安林の指定解除はやむを得ないものである旨の意見書を付して、右申請書を農林大臣に進達した(同法二七条三項)。

(3) 農林大臣は同年六月二〇日右申請書ならびに意見書を受理したが、北海道林務部長あてに疑義を照会するなど慎重に審査した結果、右解除を相当と認め同年七月一三日北海道知事あてに同法二九条の通知を行ない、同知事は同月一九日北海道告示第一四八五号をもつて同法三〇条の予定告示を行なうとともに長沼町役場において関係書類を縦覧に供した。

なお、連絡道路の敷地に関する部分については、昭和四三年七月八日付で札幌営林局長から農林大臣あてに上申書が提出され、同年七月二三日農林大臣から同法二九条の通知が発せられ、同月二七日北海道告示第一、五七〇号をもつて同法三〇条による予定告示がなされたものである。

(4) 右各予定告示に対する異議意見書の提出期限は、高射教育訓練施設の敷地については同年八月一八日、連絡道路の敷地については同月二六日であつたが(同法三二条一項)、それぞれの期限までに両者を合併した異議意見書が一三八通提出され、これを受理した北海道知事は同月三〇日付でこれらを農林大臣に進達した(同法三二条一項)。

(5) そこで、農林大臣は、同年九月一六日から一八日までの三日間札幌営林局会議室において公開による聴聞会(第一回)を行なうこととしその旨を同月五日付で意見書提出者一三七名(一三八通の意見書のうち一通には異議意見の内容およびその理由が記載されていなかつたので除外)に通知するとともに、同月七日付官報で告示した(同法三二条三項)。

右聴聞会は予定通り実施されたが、

農林大臣としては、なお昭和四四年五月八日から一〇日までの三日間長沼町公民館において第二回目の聴聞会を行なうこととし、その旨を同年四月二八日付で一二八名(意見書の取下者九名を除外)に通知するとともに、同年五月一日付官報で告示し、右聴聞会も予定通り実施された。

(6) 以上の手続を経たうえで、農林大臣は本件保安林指定の解除をすることを相当と認め、昭和四四年七月七日農林省告示第一〇二三号をもつて本件保安林指定の解除の告示をするとともに、関係書類を北海道庁ならびに長沼町役場において縦覧に供したのである(同法三三条一項)。

第二、本件申立は、その本案につき理由のないことが明らかである。

一、申立人らは、本件保安林指定の解除処分の取消しを求める利益を有しない。

森林法の保安林制度は、災害の防止、水源のかん養等公共の目的のために設けられたものであつて、仮りに保安林により洪水、土砂の流出、土砂の崩壊、風害、水害、潮害等の災害が避けられ、あるいは灌漑用水、飲料水等の確保ができる等の利益を受ける者があるとしても、それらの者の個人的利益のために設けられたものではない。それらの者の上述の利益は、法に保護された利益ではなく、反射的利益にすぎない。もつとも、森林法は、保安林の指定につき直接の利害関係を有する者に農林大臣に申請をする手続を(二七条一項)、また、保安林指定の解除につきこれらの者に異議意見書の提出および聴聞の手続を定めているのであるが(三二条一、二項)、いうまでもなく、これらの手続は、保安林の指定あるいは指定の解除について農林大臣の行なう公益判断につき参考となるべき意見を提出することを認めもつて公正な行政の運営を担保しようとするものであつて、これらの手続が認められているからといつて、前述の直接の利害関係を有する者の受けている利益が法に保護された利益ということのできないことはいうまでもない。

抗告訴訟において行政処分の違法を理由にその取消しを請求しうる者は、当該処分により権利または法律上の利益を侵害された者に限られ、単なる反射的利益を侵害されたにすぎない者は取消訴訟を提起することは許されない。申立人らは、その主張によれば、いずれも本件保安林の受益者にすぎないから、本件保安林指定の解除処分の取消しを求める利益を有しないものといわなければならない。

二、本件聴聞会の適法性

本件保安林の解除にあたつては、前述した如く二回の聴聞会が行なわれたが、いずれも法の要求する聴聞は完全に行なわれたものである。

1 第一回聴聞会

申立人らは第一回聴聞会は一人の意見陳述もなされないままに終つたと主張しているが、これは事実に反する。第一回聴聞会においては、議長が行なつた告示内容の説明に対し相当数の出席者から質問という形での発言があり、この発言については、その形式が質問という形でなされたとしても、その実質は告示の内容に対する異議意見の陳述と認められるものが大部分であつたのである。かかる見地から三日間にわたる聴聞会において陳述された異議意見を要約すると次のとおりである。

(ⅰ) 代替施設を設置した後に伐採すべきである。

(ⅱ) 計画に基づき確実な代替施設の工事が行なわれなければならない。

(ⅲ) 高射教育訓練施設あるいは第三高射群施設を設置するということは、保安林の解除理由としての公益上の必要性にはあたらない。

(ⅳ) 解除予定告示における解除理由の表示と実体とが相違しているので、当該告示は違法であり、取消さるべきである。

(ⅴ) 飲料水対策を講ずべきである。

(ⅵ) 農業用水確保に不安がある。

(ⅶ) 洪水対策に不安がある。

(ⅷ) 交通量増大に伴う騒音、ほこりによる農作物の被害等に対する措置を講ずべきである。

右の如く第一回聴聞会においては多数の出席者から異議意見の陳述がなされたのであるから、異議意見の陳述が全くなされていないとの申立人らの主張は失当である。

ところで、申立人らは右聴聞会において代替施設の内容や工期が明らかでないこと、あるいは解除の予定告示に記載された解除理由が実体と合致しないことなどを指摘し、これらについての疑義が解明されない以上異議意見の陳述は不可能であるとして、ことさらに質問という形での発言をくり返したのであるが、代替施設の内容等については資料を配布し、必要な事項については各聴聞期日の冒頭において議長が説明しているのであるから(なお、申立人らの要望をいれて札幌防衛施設局事業部長に説明させようとしたが、これは申立人らによつて阻止された。)、申立人ら(ただし、異議意見書を提出しなかつた者一四四名を除く。以下本項において同じ。なお、異議意見書を提出しなかつた者は聴聞会において意見を陳述する資格がないのであるから、聴聞会の違法を主張することはできない。行政事件訴訟法一〇条第一項)としては、充分に意見の陳述ができたはずであり、仮にこれらの点について疑義があるとするならば、その点を指摘すること自体が一つの意見となりうるものである。また予定告示に記載された解除理由が実体に合致しないという点についても、その違法を指摘すれば足ることであつて、それが是正されない以上意見の陳述が不可能であるとは解されない。なお、本件保安林の解除理由は航空自衛隊第三高射群施設(高射教育訓練施設)を設置するためであり、この施設は一朝有事の際は実戦行動をとりうる部隊であることは申立人ら地元住民にとつて公知の事実であり、聴聞会においても議長が明らかにしている事柄である。

以上の如く、申立人らが本件聴聞会において意見の陳述を拒んだことについては、何ら正当の理由がなく、それはもつぱら聴聞会の正常な運営を妨害するためになされたものである。

かかる状況において、議長は終始出席者に対して意見の陳述を求めたのであるが、いたずらに妨害的発言がくり返されるばかりであつたので、第三日目の二三時四八分に至り、もはや意見の陳述はないものと判断して聴聞会を閉会したのであり、森林法の要求する聴聞は完全に行なわれたものである。

2 第二回聴聞会

右に述べた如く第一回聴聞会においては、法の要求する聴聞は完全に行なわれたものであるが、農林大臣としては、申立人らは地元住民の要望を尊重し、その納得を得るために重ねて第二回目の聴聞会を開催することとしたのであつた。

しかるに、申立人らはいたずらに手続の混乱を作動するのみで誠実に意見を陳述しようとするの態度をとらなかつた。

すなわち、申立人らはみずから聴聞の機会を放棄したものであつて、本件聴聞会が未だ終了していないとの申立人らの主張は全く失当である。

三、保安林指定の解除処分の実体的適法性

防衛庁は本件保安林を航空自衛隊第三高射群施設の敷地として使用しようとする計画であるが、国家の防衛が公益性を有することはいうまでもないところであり、防衛上の技術的見地から本件保安林が最適地であつて、他に適地を求め難く、解除面積は必要最少限度であり、かつ、解除による保安上の影響については、後述する如き代替施設を設置することにより支障なく転用ができるので、農林大臣は、森林法二六条二項にいう「公益上の理由により必要が生じた」ものとして、本件保安林指定の解除処分をなしたものであつて、右処分には申立人らの主張される如き違法の瑕疵はない。

1 防衛庁の計画による第三高射群施設

わが国における防衛力整備については、昭和三二年五月二〇日の閣議決定(国防の基本方針)に従つて、昭和三三年度以降昭和四一年度まで第一次および第二次防衛力整備計画が決定、実施されたのに引き続き、昭和四二年度以降昭和四六年度までの第三次防衛力整備計画が決定され、現在実施中である。

即ち、第三次防衛力整備計画は、昭和四一年一一月二九日にその大綱が国防会議および閣議において決定され、その「一般方針」の項において「防衛力の向上については、特に周辺海域防衛能力および重要地域防空能力の強化ならびに各種の機動力の増強を重視する」旨が述べられ、さらに「主要整備目標」の項において航空自衛隊関係について「重要地域の防空力を強化するため、地対空誘導弾部隊を増強し新戦斗機の整備に着手するとともに警戒管制組織の自動化を完成する等警戒管制能力の向上、近代化を図る」旨が決定されている。次いで昭和四二年三月一三日の国防会議および同月一四日の閣議において第三次防衛力整備計画の主要項目について決定されたが、そのなかで「防空力の強化」の項において「防空力の強化のため、地対空誘導弾ホークを装備する部隊および非核弾頭専用に改修した地対空誘導弾ナイキ・ハーキュリーズを装備する部隊をそれぞれ二隊編成し、さらに各一隊の編成の準備をする。なお、ナイキ・ハーキュリーズの誘導弾およびホークは国産とする」旨が述べられ、航空自衛隊の従来保有するナイキ部隊の二個高射群に加え、第三次防衛力整備期間内にさらに二個高射群を増強配置することが決定された。

航空自衛隊の地対空誘導弾部隊である高射群は、一朝有事の際にわが国における政治、経済の中枢地域および交通の要衝を防護するためその周辺に配置され、防空の任務にあたるとともに、即応態勢において教育訓練を実施するものである。現在京浜地区に第一高射群、北九州地区に第二高射群が配置されているが、第三次防衛力整備計画の決定に基づき新たに北海道の中央部に第三高射群(三個高射隊編成)の配置を決定し、さらにその高射隊については、航空自衛隊千歳基地内に二個高射隊(第九、第十高射隊)、本件保安林に一個高射隊(第十一高射隊の配置)を決定した。なお、第三高射群に属する群本部および整備補給隊は、同じく千歳基地におかれ、指揮所運用隊は、当別分とん基地におかれる。

2 防衛施設の設置の公益性

国家の防衛は、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするための基礎条件をなすものであり、防衛をめぐる各般の措置に重大な欠陥や致命的な不足があれば、外部から武力攻撃を受けた場合に、国の平和と安全は、脅威を受け、国家としての存立にも重大な結果をもたらし、このような事態においては国民の基本的人権の保障の基盤も危くされることとなる。したがつて、国家の防衛施設の設置は、極めて高度に公益性をもつ国家作用であるというべきである。

3 本件保安林は、第三高射群第十一高射隊の施設の敷地として最適地である。

高射群における各高射隊の配置は、次の原則に基づいてまず配置すべき地域を決定する。

ア 高射群の高射隊数と防護すべき地域の範囲との関係を基礎として、全方向に対し均衡した配置であること。

イ 侵入が予想される航空機の性能および行動とナイキの能力との関係において防護対象との距離および各高射隊相互の間隔を決定すること。

ウ 特に警戒を要する重点方向を定め、その方向を部隊展開の基準とすること。

さらに、配置地点の決定にあたつては、次の諸条件を満足させることが必要である。

ア ナイキの能力発揮に最も重要なレーダーの効率を確保するため周囲にレーダー電波の障害となる山等のない開闊地の中の高地にレーダー施設が設置しうること。

イ ナイキ施設を設置するに必要な地積があり、また工事可能な地形であること、特に、レーダー等を設置する地域と発射機等を設置する地域との距離が所定の範囲内であり、その間に障害物がなく、また、連絡道路を設けうること。

ウ 防空組織運用の一環として最も重要な警戒管制部隊(レーダーサイト)との間の情報諸元の伝達が可能な地点および地形であること。

本件保安林地区は、その所在、地形および周囲の状況ならびに当別分とん基地にある警戒管制部隊、千歳基地における群本部、警備補給隊および二個高射隊との関係において、前記の原則および諸条件を満足しうる最適地であつて、他にこれにまさる適地は見出し難い。

さらに第三高射群各高射隊の配置場所の調査検討にあたつて既存の自衛隊施設の活用を考慮し、二個高射隊については部隊配置の原則等から最適地とはいい難いが許容限度内で千歳基地に配置を決定したのであるが、本件高射隊敷地については既存の自衛隊施設について満足しうるものがなく、本件土地への配置を決定したのである。

また、千歳基地内に配置する二個高射隊は、本件土地に配置される高射隊との連けいによつてはじめて効果的に運用されるのであつて、この意味においても本件土地への高射隊の配置は、第三高射群にとつて最も重要であるといいうるのである。

各高射隊は、平時においては即応態勢において教育訓練を主として実施するが、この教育訓練は、部隊練成訓練が主体であり、警戒管制部隊および各高射隊との有機的な連けいのもとに防空組織の一環として実際的配置において実施することが必要である。したがつて、教育訓練の点からいつても本件土地は必要であり、最適地であるといいうるのである。

4 保安林指定の解除面積は必要最少限度のものである。

本件保安林指定の解除処分により解除された保安林は、夕張郡長沼町所在の保安林(実測面積三二、二六四〇ヘクタール――第三高射群施設敷地)および同保安林(実測面積二八、四六四ヘクタール――同施設連絡道路敷地)であつて、実測面積の合計は三五、一一〇四ヘクタールである。

右土地に建設を計画している第三高射群十一高射隊の施設は、大別してレーダー等の射撃統制施設、ランチャー(九基)等の発射施設、弾体の組立、整備および弾薬庫施設ならびに管理居住施設である。これらの各施設に要する敷地面積(整地による法面も含む)は次のとおりである。

射撃統制施設 七、〇五〇ヘクタール

発射施設   一〇、七五〇  〃

弾体の組立整備弾薬庫

六、九五〇  〃

管理居住施設  七、五一四  〃

計     三二、二六四  〃

また、連絡道路敷地は、その法面も含め二、八四六四ヘクタールである。

以上の如く、保安林指定の解除面積は、すべて第三高射群の施設、連絡道路およびそれらの保全に要する敷地として利用されるものであり、必要最少限度のものである。

5 解除による保安上の影響については、代替施設を設置することにより何らの支障も生じない。

本件保安林は水源かん養保安林として一定の範囲に対して灌漑用水および飲料水雑用水の確保ならびに洪水防止の機能を有していた。本件保安林指定の解除により立木を伐採し、防衛施設の建設工事をすることにより従来の水源かん養保安林として果してきた前記機能が低下することは否むことはできないが、そのために設置する灌漑用水確保のための代替施設、飲料水等確保のための代替施設、洪水防止のための代替施設および砂防施設により前記保安林としての機能は完全に補填代替されるのであつて、何らの支障も生じない。その詳細は後述するとおりである。

6 むすび

森林法二六条二項は「農林大臣は、公益上の理由により必要が生じたときは、その部分につき保安林の指定を解除することができる。」と規定する。これは、その森林を保安林として存続させてその機能を発揮させるという必要性とその森林を保安林として利用することをやめて他に転用することの必要性とを比較考量して、後者の方の公益性がより大である場合には、そのより大きな公益のためにその保安林の保全的機能により保持されていた公益を犠牲にして保安林の指定を解除することができるということである。

本件保安林指定の解除は、航空自衛隊第三高射群の施設およびその連絡道路の敷地とするためになされたものであつて、国家の防衛および防衛施設の設置は、極めて高度の公益性を有するものであり、その敷地として本件土地が最適地であつて他に適地を見出し難く、しかも解除面積は、必要最少限度のものであり、かつ、解除による保安上の影響については代替施設の設置により完全に補填代替されるものである。したがつて、本件保安林指定の解除は、同項にいう「公益上の理由により必要が生じたもの」に該当することは明らかである。

森林法二六条二項による保安林指定の解除は、森林の所有者に対し一旦課した制限を解除し、本来の権能を回復する行為であるから、これらの者に対する関係で自由裁量行為である。受益者との関係においても、その利益が前述したとおり、反射的利益にすぎないのであるから、指定の解除によつてこれらの利益を失わせることは、法的利益を奪うことにはならないから、この者に対する関係でもやはり自由裁量行為である。本件保安林指定の解除の理由は前述のとおりであつて、裁量権の濫用もしくは逸脱の瑕疵はない。

仮りに、同項による保安林指定の解除は、行政庁の自由裁量に委ねられたものでないとしても、本件処分は、前述のとおり森林法二六条二項にいう「公益上の理由により必要が生じた」場合に該当することは明らかであるから、本件処分には違法の瑕疵はない。

四、申立人らの主張に対する反論

申立人らは、本件解除告示は、保安林の機能を維持するに足る代替施設が現に存在しないままに行なわれ、また、予定されている代替施設は、その内容が不明確かつ不十分であるから、森林法二六条二項、一条の解釈を誤まつた違法があり、かつ昭和三六年五月一八日林野治第四二〇号林野庁長官通達(第二の二(1))にも反すると主張される。

すでに述べた如く、森林法二六条二項の法意は、公益のため保安林を他に転用する必要が生じたときに、それが保安林の機能により保持された公益より大きい場合には、保安林指定を解除することができるというにある。すなわち、同項による保安林指定の解除は、保安林の機能により保持されてきた公益を犠牲にしてもなしうるものであるから、保安林の機能を代替しうる施設を設置することは、法の要求するところではない。いわんや保安林指定の解除時までに右代替施設の設置が完了していることを要しないことはいうまでもない。もつとも、保安林を事業の用に供する者において当該保安林のもつ効果を維持するため必要な施設を講ずることは極めて好ましいことであるので、同項に基づく保安林指定の解除に際しては、法の命ずるところではないけれども行政上の措置としてかかる指導をなしているのである。申立人らの引用される通達は、かかる趣旨に出たものであつて、同通達も「……当該保安林のもつ効果を維持するために必要な施設をつとめて講ずるよう措置するものとする。」としているにすぎない。同通達が、解除時までに代替施設の完成を要求するものでないことはいうまでもない。かえつて、同通達は、指定理由の消滅による解除についてさえ「転用の目的を実現するについて、保安林にかわるべき保安施設が設置されることが確実であり、かつ、その施設による保安効果がその保安林が現に有している効果以上のものであると認められる場合において、次の条件を備えるものについては、指定理由が消滅したものと見做して取扱う。」と定め、代替施設が完成していなくともその設置が確実でありさえすれば、指定理由消滅と見做す取扱いすらしているのである。

本件代替施設については、後に述べる如く、完全に本件保安林の機能を補填、代替しうるものであり、しかも、これらの工事の完成あるいは進捗状況に応じて伐採あるいは防衛施設の建設工事に着手するものであり、また、これら代替施設は、砂防堰堤は、札幌防衛施設局において、それ以外の施設の工事は、防衛施設周辺整備等に関する法律により全額国庫補助により道、町および公共団体において実施されるものであるから、その設置は極めて確実というのである(その詳細については後述する)。

したがつて、申立人らの主張は全く理由のないものといわなければならない。

五、自衛隊の合憲性

申立人らは、憲法九条は、戦力の保持を禁じているところ、自衛隊は、戦力に当たり、したがつて本件自衛隊の基地の設置は、森林法二六条二項にいう「公益上の理由」に該当しないと主張される。

(1) しかしながら自衛隊は戦力ではなくて自衛力である。そして憲法は、戦力は、これを否定しているが、主権国として持つ固有の自衛権は、何ら否定するものではなく、わが国が外部からの不正な武力攻撃や侵略に対しそれを防止することおよびそれに必要な力、すなわち自衛力を保有することは、何ら憲法に違反するものではない。憲法が自衛権を否定しておらず、憲法のもつ平和主義が決して無防備、無抵抗を意味するものでないことは、すでにいわゆる砂川事件についての昭和三四年一二月一六日最高裁判所大法廷判決において判示されているところである。すなわち、同判決は「同条(憲法九条をさす。)は、同条にいわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているのであるが、しかしもちろんこれによりわが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく、わが憲法の平和主義は決して無防備、無抵抗を定めたものではないのである。」「わが国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない。すなわち、われら日本国民は、憲法九条二項により同条項にいわゆる戦力は保持しないけれども、これによつて生ずるわが国の防衛の不足は、これを憲法前文にいわゆる平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼することによつて補い、もつてわれらの安全と生存を保持しようと決意したのである。そしてそれは、必ずしも原判決のいうように、国際連合の機関である安全保障理事会等の執る軍事的安全措置等に限定されたものではなく、わが国の平和と安全を維持するための安全保障であれば、その目的を達するにふさわしい方法又は手段である限り国際情勢の状態に即応して適当と認められるものを選ぶことができる。」と明言している。

憲法九条一項は「国権の発動による戦力と武力による威赫又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」として、国際紛争解決の手段としての戦争を放棄することを規定しているが、右により放棄したものは、あくまで国際紛争解決の手段、すなわち自国の主張を他国に認めさせるための圧迫手段としての戦争であつて、単に侵入に抵抗し、自衛するための戦斗行為までも放棄したものではなく、このような点は、当然の事理として判例学説においても異論のないところである。そして、憲法九条一項は、同条全体の実体規定であり、続く二項は、その方法論的保障規定であるから、同項は、一項と総合的に解釈されなければならない。しかるときは、同条二項は「前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と規定しているが、これは、一項によつて放棄することを定めた国際紛争解決の手段としての戦争を引きおこすようなことのないようにするために、国際紛争解決の手段たる戦力を保持しないことを定めたものと解しなければならない。

最高裁判所判決も「憲法九条の趣旨に即して同条二項の法意を考えてみるに、同条において戦力の不保持を規定したのは、わが国のいわゆる戦力を保持し、自ら主体となつてこれに指揮権、管理権を行使することにより、同条一項において永久に放棄することを定めたいわゆる侵略戦争を引き起こすがごときことのないようにするためであると解するを相当とする。」と述べて右同旨の判断を示しているのである。したがつて、同項は、自衛のための戦斗力の保持については、何らこれを禁じているものではなく、自衛力を保持することは、何ら違憲というべきではない。

しかるところ、自衛力の限界およびその範囲内でどの程度の戦斗力を具備すべきかは一定でなく、かつ、その最終判断は、流動する国際政治、軍事情勢に適応しつつ、わが国と国民の安全と生存について現在ならび将来にわたつて直接の責任を負う立法機関および行政機関の裁量に属するところである。そして自衛隊は国会および内閣においてそれが憲法に適合するものとの政治裁量的判断にしたがい、自衛隊法をもつて自衛のためこれを設け、その目的に適合させて、その組織、管理方式を定めたものであるから、それは合憲であり後に述べる如く、本件保安林に設置を計画されている防衛施設が自衛のために必要かつ、相当な限度内にとどまることは、明らかであるから、その設置は、決して憲法に違反するものではない。

(2) ミサイル(一般的には、電波、赤外線または有線などにより誘導されるもの、即ち、誘導弾について概括的に使用されている)は、その使用目的、性能によつて戦略ミサイルと戦術ミサイルに分類され、また使用形態により地対地、空対地、水中対地、地対空、空対空および艦対空ミサイルに分類される。このうちいずれが攻撃用であり、防禦用であるかは使用目的と性能によつて判断さるべきものであるが、戦術ミサイルのうち地対空、艦対空の防空用ミサイルは、明らかに純然たる防禦用の兵器といいうるものである。

第三高射群に装備を計画しているナイキ・ハーキュリーズは、防空用の地対空ミサイルであり、現在航空自衛隊の装備するナイキ・アジャックスを改良し、性能を向上させた防空兵器であつて、専ら、一定の地域防空のため、その周辺に配置され、武力攻撃のために侵入した航空機に対処することを目的としたミサイルであり、その性格としては、高射砲等等在来の防空兵器の進歩発展したものである。しかも、高射砲等に比し、その性能が飛躍的に向上したとはいうものの、その機構上対地攻撃は不可能であり、射程が約一三〇キロメートルであるから、配置場所において外国に対する武力攻撃を行なうことは到底不可能である。

また、米国におけるナイキ・ハーキュリーズは、核、非核の両弾頭を装着しうるが、現在わが国において国産中のナイキ・Jは非核専用に設計されており、核弾頭は装着できない。

したがつて、核弾頭の使用は、ミサイルの機構上からも不可能であるし、政府の堅持する非核三原則からいつても、核の使用はありえないのである。

逐年性能の向上する航空機による武力攻撃からわが国を防衛するため、これに対応する防空装備の質的向上をはかり、防空力を強化することは、自衛隊の本来の使命であり、ミサイル化した装備を保有し、配備することは、当然に自衛のために必要かつ相当な限度内にとどまるものといいうるのである。

以上の次第であるから、この点に関する申立人らの主張は、全く理由のないものといわねばならない。

六、結論

本件保安林指定の解除処分は、その手続においても、また、その実体面においても何らの瑕疵はないから、これを違法であるとして右処分の取消を求める本件執行停止決定申立事件の本案訴訟は、理由がないことは明らかである。

第三回復困難な損害を避けるための緊急の必要性は存しない。

一、概説

申立人らは、本件保安林指定の解除による立木の伐採、防衛施設の建設により洪水防止、用水確保という保安林の水量調節機能を全面的に破壊するに拘らず、現に代替機能を有する施設の設置が皆無であるから、地域住民に明白かつ重大な現実の危険をおよぼすことが不可避であると主張される。本件保安林指定の解除に基づき、その地域の大部分の立木を伐採することによりそれまで右保安林の果していた水源かん養の機能が低下することは、被申立人もこれを全面的に否定するものではない(もつとも立木の伐採も施設の建設工事にあたり不必要な伐採を避けるよう努めることは勿論であるが、伐採跡地についても、できるかぎり張芝等により裸地のまま残すことはせず、また、切土、盛土、土捨場の法面は張芝、粗朶柵、張コンクリート、土留よう壁等の保護工事を行ない、できるかぎり従来の機能の保持につとめる)。しかしながら、本件保安林指定の解除に基づき立木の伐採および防衛施設の建設に伴ない低下する保安林の機能は次に述べる代替施設により完全に代替されるばかりか、場合によつては従前以上の機能を果すのであつて、申立人らは何らの損害も生じない。

二、代替施設

本件保安林を伐採することによりそれが従来果していた用水確保と洪水防止の機能を代替するため、次のごとき代替施設を設置する。まず、灌漑用水の不足量は、南長沼用水路より分水し、必要水量毎秒0.22立方米を用水不足地域に送水して、補填する。このため、南長沼用水路を補強するとともに、新たに導水路、揚水施設を新設し、さらに貯水および用水の水温の上昇をはかる目的で堰堤(二基)を建設する。また、飲料、雑用水確保のため、上水道施設を設置し、不足する各戸に配水する。次に洪水防止の目的で砂防堰堤(七基)ならびに富士戸川本流と支流の合流点に堰堤(富士戸一号堰堤)を建設するほか、富士戸川本流上流部の既設の堰堤(富士戸二号堰堤)を補強するとともに、馬追運河の左岸一、〇〇〇米にわたり嵩上げをする。これらの代替施設のうち洪水防止施設および砂防施設について説明する。

(一) 洪水防止のための代替施設

本件保安林地区より流出する水は、すべて富士戸川本・支流に集まり、東四線排水路、零号排水路を経て馬追運河に流入し、夕張川に合流する。馬追運河の全流域面積四、五八〇ヘクタールに対比すれば本件保安林指定の解除面積約三五ヘクタールは僅か0.8%弱にすぎず、したがつて、本件保安林の伐採による増加洪水量は、馬追運河の流量に対比すれば僅かな数量にすぎないのである。

保安林伐採による洪水防止対策としては、まず、富士戸本流、支流の合流点に堰堤を建設し、この堰堤により流入水量の一部をカットし、洪水のピーク時において伐採による増加水量以上の水量をカットしてこれを堰堤に貯留し、洪水のピーク時までは、堰堤より下流へは伐採前の流出量以上の水量は流出させないこととし、ピーク時をすぎ、堰堤への流入量が減少すれば、前記貯留していた水量を徐々に流出させ、下流への伐採による洪水の影響をなくし、洪水調節の機能を完全に果させる。併せて、富士戸二号堰堤の補強、馬追運河の左岸一、〇〇〇米の嵩上げ砂防施設(土砂の流出による河床の上昇を防止する。)によりさらに洪水防止の効果をあげようとするものである。

1 富士戸一号堰堤

富士戸川本流と支流の合流点に、堤高八米、堤長二一一米、洪水調節容量六八、〇〇〇立方米(このほか灌漑用水の貯水池としての貯水容量六四、〇〇〇立方米、したがつて、堰堤の全容量は、計一三二、〇〇〇立方米)、湛水面積六〇、〇〇〇平方米、洪水のピーク時において毎秒一九、三七立方米を排水する機能を有する余水吐を備えた堰堤を建設する。

この堰堤により本件保安林の伐採に起因する洪水を完全に調節しうるのである。すなわち、保安林伐採による増加流出水量は、一〇〇年確率計画日雨量二五五、七ミリメートル(因みに過去一〇年間の最大日雨量は、一六九、七ミリメートルであり、また、申立人らの主張される明治三一年以来の水害の実例においても、最大降雨量は、明治三四年九月の一八〇ミリメートルである。)を基礎にして、堰堤建設地点への全流域面積三七六ヘクタールについて流出量を推算すると、洪水のピーク時において、保安林の伐採前は毎秒一九、五立方米であるのに対し、伐採後は毎秒二四、三立方米となり、毎秒四、八立方米の増加となり、これが洪水調節の対象となる。

富士戸川本・支流から堰堤に流入した水量のうち保安林の伐採により増加した水量をカットしてこれを貯留し、他を余水吐より下流に流出させ、洪水のピーク時においては前記増加水量(毎秒四、八立方米)以上の毎秒四、九三立方米をカットして、下流へは、伐採前の洪水量一九、五立方米以下の水量(毎秒一九、三七立方米)を流出させる(この時点までのカットによる貯水量は六八、〇〇〇立方米と推算される)。をして、洪水のピークをこした後、堰堤への流入量が減少するにつれ、貯水量を徐々に流出させ、これにより洪水の調節をはかるのである。

堰堤による前述の洪水調節機能を図示すれば、別表一のとおりであつて、これによれば、明らかなように洪水のピーク時までは保安林の伐採前の流出量以上の水量は下流へは流さず、ピーク時がすぎ、流入量が減少してはじめてそれまで貯留した水量を徐々に流出させ、もつて、堰堤の下流地域に対しては本件保安林の伐採に起因する洪水の影響を完全になくし、洪水調節の機能を果すのである。

2 富士戸二号堰堤

富士戸川本流の上流部にある土堰堤であるが、洪水時に渓流に面した堤体脚部が洗堀されることを防止するため、延長一八〇米をコンクリートおよびコンクリートブロックによる三面装工として補強する。

3 馬追運河の左岸の嵩上げ工事

富士戸川は、前述の如く、東西線排水路、零号排水路を経由して馬追運河に排出させる。同運河の左岸の一部(西五線より上流一、〇〇〇米)は、右岸より約〇、五米低くなつている。前述の如く、富士戸一号堰堤が洪水調節機能を有するため溢水のおそれは考えられないのであるが、万一の場合に備えて嵩上げ工事を行ない、右岸と同じ高さとする。

(二) 砂防施設

保安林伐採後、防衛施設の建設工事に伴う土砂(七四、〇〇〇立方米)についてはそれぞれ土捨場六ケ所を設け埋立厚さ三〇糎ごとに転圧を行ない十分搗き固めることとし、法面は腐植質の多い表土で覆い張芝等により緑化するとともに法尻は、粗朶柵を設置して安定をはかり、また、盛土、切土による法面についても張芝、粗朶柵、張コンクリート、土留よう壁等により保護工事を行なう。このほか、各流域に七基の砂防堰堤を設置して土砂の流出(推定流出量は、合計五、八六四立方米)を宗全に防止する(堰堤の貯砂量算定にあたつては、三、一倍ないし三、九倍の安全率を見込んでいる)。さらにまた、下流の富士戸一号堰堤も砂防の機能を有するから、砂防対策としては十分である。

なお、本件保安林指定の解除地に防衛施設を設置するためには、線の高い部分をけずり、沢を埋積して全面積を一様に平担化するものではない。前述の射撃統制施設、発射施設、弾体の組立整備弾薬庫、管理居住施設の各部分ごとに、またこれら施設の各部分についても数個所に組分され、これら各部分ごとに切土あるいは盛土により必要最少限度の敷地が造成せられ、これら敷地が散在して道路により連かれるのである。しかも右敷地造成のため、沢が埋め立てられることはない。これら敷地の法面の保護工事については前述したところである。したがつて、沢を埋め立てたところへ大量の浸透水が入り大規模な土砂流をおこす危険は全く考えられない。

以上の如く、防衛施設の建設工事の実施についても土砂の流出防止に万全の措置を講じ、さらに各沢に設けた七基の砂防堰堤および富士戸一号堰堤により土砂の流出は完全に防止されるのであるから、河川の流水に土砂が混在して側方侵触を増したりあるいは、崩落を増加させ、その結果土砂が下流に運搬され、河床の上昇、用水路の埋積あるいは溜池、田畑への土砂の流出のおそれは全くありえない。

(三) 工事工程

これら代替施設の工事工程については、保安林の機能を代替し、土砂の流出を防止する施設の進捗に応じ立木の伐採あるいは防衛施設の建設を行ない、いやしくも用水の確保ならびに洪水の防止に支障をきたさないよう十分の配慮をしている。

(1) まず、水道施設を設置し、飲料水等に支障をきたさないようにする。

(2) 富士戸一号堰堤の設置は速かに着手し、立木の伐採および土地の形質変更による洪水量の増加に対処しうるよう完成する。

(3) 水道施設の完成後砂防堰堤七基の設置および富士戸二号堰堤の補強に着手する。

(4) 砂防堰堤のうち四基(No.1, No.3, No.5, No.7)の完成後一部の箇所につき立木伐採、抜根等を行なう。その他の箇所の伐採、抜根等は、代替施設の完成に応じ、防衛施設の建設工事の必要な箇所から順次行なう。また、整地工事については土砂の流出防止対策に十分配慮しつつ行なう。

(5) 南長沼用水路から引水する導水路の新設および用水工事は、砂防堰堤工事と並行して行ない、農業用水に支障をきたさない時期までに完成する。

(6) 馬追運河の左岸の嵩上げ工事は、昭和四五年度に実施する。

(四) 代替施設の設置の確実性

これら代替施設の事業主体は、

富士戸一号堰堤の設置および同二号堰堤の

補強        長沼町

馬追運河左岸嵩上げ  北海道

砂防堰堤の設置    札幌防衛施設局

南長沼用水路の補強 南長沼土地改良区

導水路、揚水、配水施設の設置 長沼町

上水道施設      長幌上水道企業団である。直轄工事である砂防堰堤の設置工事以外は、防衛施設周辺整備等に関する法律に基づき全額国庫補助により実施されるものであつて、要するに国において責任をもつてこれら代替施設の設置につき措置するものである。なお、これら工事を実施するにつき必要な法令上の手続については、富士戸一号、二号堰堤、導水路、揚水、配水施設の工事予算につき昭和四四年七月八日長沼町議会において議決せられた。また、国有林内に設置される砂防堰堤三基(No.1, No.3, No.7)敷地の貸付けについては、所轄営林署長に対し申請の手続の準備中である。南長沼土地改良区は、七月一三日の総代会において南長沼用水路の補強工事に関する議決がなされた。また、水道施設の工事については企業団は、業者との間に請負契約の締結済みである。

工事に関し必要な用地の取得については、富士戸一号堰堤および導水路、揚水配水施設の各敷地について、すでに権利者の承諾書を取りつけており、現在売買契約の交渉中であるが、契約成立前においても工事に着工することにつき、同意をえている。

因みに、代替施設の工事のための予算額ならびにその年度別執行計画は、別表二のとおりである。

三、結論

保安林が水源かん養林として有する灌漑用水および飲料水雑用の確保ならびに洪水防止の機能は、保安林指定の解除に伴なう立木の伐採および防衛施設の建設により、低下しても、前述の各代替施設の設置によりこれらの機能は完全に補填代替され、これら代替施設の工事の進捗完成に応じて順次立木の伐採ならびに防衛施設の建設が実施されるのであるから、申立人らには何らの損害も生じない。よつて、本件保安林指定の解除処分によつて申立人らに回復困難な損害を避けるための緊急の必要性の存しないことは明らかである。

第四本件処分の効力停止は、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある。

すでに述べた如く、本件保安林の指定解除により防衛庁は、第三高射群の一個高射隊(第十一高射隊)の施設を設置する計画である。航空自衛隊の地対空誘導弾部隊である第三高射群は、第三次防衛力整備計画に基づき北海道の政治、経済の中枢地域および交通の要衝を重要防護対象として配置され、即応態勢において教育訓練を実施するとともに、実際の防空の任務にあたるものである。しこうして、当初の計画では第三高射群の編成は、第三次防衛力整備計画の期間中(昭和四二年度以降昭和四六年度)にさらに増設を決定している第四高射群の編成との関連において昭和四四年度末に完了する計画で準備を進め、昭和四三年度後半から建設工事を開始する予定であつたが、本件保林安指定の解除処分が遅れ、ようやく昭和四四年七月七日に右処分がなされたのである。したがつて、第三高射群(三個高射隊編成)の二個高射隊は千歳基地に設置されるものであるが、その施設については計画どおり順調に工事が進められ、昭和四四年度末には完成が見込まれ、編成も可能であるが、本件保安林に設置する計画の第十一高射隊については、当分の間暫定的に千歳基地において基幹要員(二〇四名中三七名)を編成するにとどめざるをえない状態である。

このような状態において、いま、もし仮りに本件保安林指定の解除処分の効力が停止され、その結果、別記高射隊の施設の建設工事の着手をさらに遅延をさせることは、第三次防衛力整備計画による第三高射群の編成完結を大幅に修正せざるをえなくなるのみならず、引き続いて同計画期間中に決定されている第四高射群の新編および第五高射群の編成準備に対しても影響を与えることとなり、防空力の強化に関する第三次防衛力整備計画の達成が危ぶまれる結果となる。

また、第三高射群のうち、本件保安林に設置する高射隊施設の設置ならびに編成の遅れる場合には、当面千歳基地における二個高射隊によつて第三高射群の任務を遂行せざるをえないのであるが、その防空能力は極度に限定されるのみならず、教育訓練の面においても高射隊相互の連けい活動が不可能となり第三高射群としての機能は著るしく低下し、部隊新編の意義はほとんど失われるものといわざるをえない。

以上述べたところで明らかなように本件保安林指定の解除処分の効力を停止されれば、第三高射群の機能を著るしく低下させるばかりでなく、引き続いて、中京、阪神地区に設置を計画している第四高射群の編成および第五高射群の編成準備にも重大な支障を生ぜしめることとなり、かくては、わが国の政治、経済および交通等の中枢地域の防空力の整備は著るしく困難となる。その結果、外部から武力攻撃を受けた場合、国の平和と安全は脅威を受け、国家としての存立にも重大な結果をもたらすこととなり、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれのあることは、多言を要しないところと考える。

別表一、二<省略>

反論書

被申立人の昭和四四年七月二二日付意見書につき申立人らは次のとおり意見を述べる。

第一訴の利益について、

被申立人は、「申立人らが本件保安林制度により反射的利益を有するにすぎないから、本件保安林指定の解除処分の取消を求める利益を有しない」とする。

一、しかし、右の主張は次のとおり、到底認められない。申立人らは、本件保安林制度によりたんに反射的利益を有するにとどまるものではなく、直接的法律的利益ないし権利を有するものである。

森林法により本件保安林が水源かん養保安林として指定されるに至つたのは、用水確保・洪水による災害防止という目的からであるが、これにより達成されるのは、結局地域住民の生命財産の具体的保護ということであり、この地域住民の生命・財産の具体的保護ということを離れて本件保安林指定の抽象的目的が存するわけではない。従つて、本件保安林により申立人ら地域住民の受ける灌漑用水、飲料水等の確保、さらに洪水による災害の防止・緩和等の利益は、たんなる反射的利益ではなく、法によつて保護された利益というべきである。この意味で、保安林指定のない民有林周辺の住民が受けるこれら利益のばあいとはその性格を異にするものといわなければならない。

二、森林法は、保安林の指定について直接の利害関係を有する者に農林大臣に申請する手続を(二七条一項)、また、保安林指定の解除について右の者に異議意見書の提出および公開による聴聞の手続を定め、しかもこの聴聞手続を必要要件としている(三二条一、二項)。このこと自体、申立人ら地域住民が本件処分につき権利または法律上の利益を有することを実定法上認めたものというほかない。もし被申立人の主張するように「農林大臣の行なう公益判断につき参考となるべき意見を提出することを認めもつて公正な行政の運営を担保」するにとどまるとするならば、これらの手続を必要要件とする意議は全く失われてしまうからである。

三、最高裁も本件のごとき申立人らの利益が単なる事実上の反射的利益にとどまらず、法的利益である旨判示している。(最高昭和三七年一月一九日第二小法廷判決、民集一六巻一号五七頁、ジュリスト行政判例百選(増補版)二三八頁。

なお、行政法講座二六六頁「訴の利益」参照)

第二聴聞会の適法性の主張について、

被申立人は二回にわたる聴聞会が完全に行われたと主張するが、申立書で述べたほか、次のとおり反論する。

(一) 第一回聴聞会

被申立人は「相当数の出席者から質問という形での発言があり、これが異議意見の陳述と認められるものが大部分であつた」という。

しかし、出席者の発言は議長の告示内容の説明が極めて不明確であつたためになされた質問であつて、これを告示内容に対する意見だというのは詭弁というほかない。

議長が告示内容を明確に説明できない以上、出席者が意見を述べられる筈がなく、議事次第第三の意見陳述に入れなかつたことは議長も認めているところである。

また被申立人は意見書において(ⅰ)〜(ⅷ)を異議意見の要約であるとしているが出席者からこのような発言がなされたことはない。(この点は裁判所が被申立人作成の聴聞会速記録の提出を求めて検討されれば一見明白で、とくに(ⅴ)以下は全くの作文である)

また疎乙一号証の調書は本件訴訟用に作成されたもので、その内容が全くの虚偽であることも、第一回聴聞会速記録と対比すれば明白である。被申立人が、右速記録を疎明資料とせず、ことさらかかる虚偽文書を裁判所に提出することは信義則の見地から重大な問題だといわねばならない。

また、被申立人は「多数の出席者から異議意見の陳述がなされた」と述べているが、これも全く事実に反する。

右速記録によるも、質問の発言者が特定しておらず、右のような事実はない。かくて被申立人の主張は何の根拠もない。

被申立人は「本件保安林の解除理由は……一朝有事の際は実戦行動をとりうる部隊であることは申立人ら地元住民にとつて公知の事実である」という。

ところが、申立人ら地元住民には設置される基地の内容は現在に至るまで一度も明らかにされたことはない。二回の聴聞会においても、出席者の質問に対し、議長は何らの答弁もしていない。それにも拘らず、これを「公知の事実」と主張するのは、国が住民をあざむき、聴聞会の形式のみをととのえ、保安林の解除、基地設置を強行しようとする意図を自認したものにほかならない。

(二) 第二回聴聞会

疎乙第二号証の調書もその内容は全く事実に反する虚偽文書であり、およそ証拠価値のないものであることは疎乙第一号証と同様である。

被申立人は「地元住民の要望を尊重してその納得を得るため重ねて……開催することとした」というが、納得を得るための何らの方策もとらなかつた。

かえつて、議長の告示内容の説明は前回よりも極めて不十分であり、到底出席者を納得せしめ得ず、このため出席者から議長に対し質問を要求したが、議長はこれすら全く認めなかつた。

出席者を終始このような状況においておき「みずから聴聞の機会を放棄した」として申立人らの意見陳述の権利を奪つたことは断じて許されるものではない。

以上被申立人の主張は事実に基づかない虚構のものであり、意見というに価しないものである。

第三公益上の理由と必要性について、

一、被申立人は本件保安林の解除理由が実戦用ミサイル基地設置であることを、意見書においてはじめて公式に認めた。

これによつて地元住民が抱いていた危懼の一つが現実化したのであるが、被申立人は、これまで高射教育訓練施設と詐称してきたことについて、「この施設は一朝有事の際は実戦行動をとりうる部隊であることは申立人ら地元住民にとつて公知の事実であり……」とのべて、すでに地元住民が詐称であることを知つていたのだから「詐欺」に該らない、と開き直つている。およそ国の態度として不見識も甚だしいといわねばならない。

二、「即応態勢において教育訓練を実施するもの」が教育訓練施設、部隊であるとするならば、世界中の軍隊はすべてこれにあたり、現にベトナム侵略戦争を行なつている米軍ですら例外でない。

これは自衛隊が「戦力」でなくて「自衛力」であるから何ら憲法に違反しないとして、戦力と自衛力の区別を決して明かにしようとしないのと同様の奇弁であり、奇弁によつて国民と裁判所を欺罔し、もつて既成事実をつくり上げようとする許し難い軍事優先政策のあらわれである。

三、「国家の防衛および防衛施設の設置は極めて高度に公益性をもつ国家作用である」として、「防衛力整備計画」の名の下に厖大な国家予算を投入しつづける軍備拡張政策を国の政策の最重点とし、住民福祉をその犠牲として顧みることがないのは、旧日本軍国主義政策と全く異るところがない。

わが国が現に世界軍縮会議に参画しながら、自国の軍備拡張を既定方針として堅持し、その遂行を至上の公益として強行せんとすることこそ、一見して明かに憲法九条および憲法前文の規定が厳しく禁止するところではないか。

四、「馬追山保安林以外に他に適地を見出し得ない」理由として、意見書は高射隊の配置要領を列挙している。

だが、被申立人が列挙するのは、一般的抽象的な至極あたり前の理屈にすぎず、本件保安林地区でなければその要件を充たし得ない理由は何一つ主張も疎明もしない。

すなわち、「本件保安林地区は、……前記の原則および諸条件を満足しうる最適地であつて、他にこれにまさる適地は見出し難い」というにすぎないのである。

五、現に、防衛庁は本件ミサイル基地設置が地域住民の反対または、裁判の結果実現できない場合には、美唄に設置することを計画しているもので、この一事のみをみても他に適地がない場合に該らないこと明かである。

六、被申立人は森林法二六条二項が、「保安林の機能により保持された公益より大きい場合には、保安林の機能により保持されてきた公益を犠牲にしてもなしうるもので、保安林の機能を代替しうる施設の設定は法の要求するところでない。」と主張する。

そして、「本件代替施設については工事の完成あるいは進渉状況に応じて伐採あるいは防衛施設の建設工事に着手するものであり、代替施設は防衛施設局や道、町、公共団体が実施するものだから、確実である」という。

森林法第二五条は一一種の保安林指定目的を定めるから、その種類自体によつて、または当該保安林の所在する具体的地域状況から、現実に果す機能に差があるのはいうまでもない。

しかし、いやしくも地域住民の生命身体に対する直接的危険が予見される場合において、他の公益のためにこれを犠牲に供して顧みないことが適法だと解しうべき余地がないのは論をまたない。行政優先、軍事優先もここまでくれば病こうもうというほかない。

また、代替工事の進渉状況に応じて伐採するとしても、右代替工事の内容が科学的に代替機能を果しうべき内容であるかどうかが本案訴訟を経なければ確定しえないものであるし、それが公表の都度猫の目のように変動し不確定である点は被申立人において弁明すらせずこれを自認していると認められるところである。

さらに、工事の進渉状況に応じて伐採するというのは、結局防衛庁や公共団体にその判断を一任することを意味するが、それが危険であるからこそ本案訴訟および本執行停止申立におよんでいるのであつて、被申立人の主張は、要するに防衛庁を信頼してほしいという泣き言にすぎない。

全国一四一三カ所、総面積二億六〇四万坪にのぼる自衛隊基地とその周辺において、地域住民の被害が「基地公害」として社会問題化しているのは既に公知であり、この一事をみても、どうして信頼することができるか。しかも昭和四一年七月いわゆる基地周辺整備法が施行されるまで自衛隊基地公害は不法行為法以外に補償規定を設けずに放置し、右法律も補償の対象を極度に限定し商工業者、労働者の被害は全く対象外としている。本件保安林伐採による被害が単に馬追山周辺住民に限らず、長沼町全域および夕張川、石狩川下流地域住民にかかわる点をみても、到底被申立人の主張のとおり信用できるものではない。

因みに昭和二八年八月「日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊等の行為による特別損失に関する法律」が制定されたが、これは福岡県の芦屋飛行場の防風林伐採にもとづく農業被害が重大化し、それによる住民のとどまることのない抗議の高まりを押えることができず、それが制定の契機となつたものである。保安林伐採が如何に重大な影響をもたらすかを示す一例である。

七、農林大臣は昭和四三年七月二五日森林法施行規則の一部を改正し、第二二条の八第五号に次の規定を設けた。

「法第三四条二項の規定による許可を受けて、当該保安林の機能に代替する機能を有する施設を設置し、又は当該施設を改良するため、あらかじめ都道府県知事に届け出たところに従つて立木を伐採する場合」

これによると、代替施設は保安林指定解除前においても右の規定にもとづいて設置することが可能であり、代替施設が完備した時点で解除告示をするのが、むしろ法の予定した正常の手続であることを農林大臣自身において認めているのである。

それにも拘らず、本件では代替施設が皆無である現時点で保安林指定解除を強行し、何時でも自由に伐採できる途をことさらつくり上げた。

これは、「代替施設の進渉状況に応じて伐採する」のではなく、結局は「ミサイル基地施置の緊急性」の主張に示されるとおり防衛庁の設置計画に支障をきたさぬよう適宜自由に伐採しうべき途を特別に与えたものと解するほかない。

かく、本件の解除告示は自ら予定した手続すら無視して強行した極めて特異なものなのである。

第四緊急性、必要性について。

一、富士戸一号堰堤の設計は根本的に誤りがある。

1 被申立人は右堰堤の洪水調節の容量を六八、〇〇〇立方米に設計している。その根拠は洪水調節の対象として最大日雨量において、洪水のピーク時における保安林伐採前後の流量の差を算出し、これを毎秒四、八立方米とした。そうして伐採後現況のピークより超えると推算する流水量を六八、〇〇〇立方米としてこれに合わせて洪水調節容量を設計している。

しかしながら、流水をカットして貯水すべき右六八、〇〇〇立方米を算出するには洪水のピークが如何なる曲線になるかが重要な要素となる。即ち別紙図面において、斜線部分が洪水量、つまりカットして貯水すべき量となるところ洪水のピークの値は同じであつてもAとA'のピークの到達時点、即ち洪水到達時間が異ることにより斜線部分の量が異りカットすべき水量に大きな差が出て来る。そこで代理人が北大工学部において調査したところによると、この洪水到達時間を算出する方法には現在四つの方法①ババリヤ方式、②RZiha方式、③シャーマン方式、④物部式、があり、被申立人は右④を採用しているが、これは一番ラフな方法で、ピークを基準にして適当にグラフ曲線を左右に配分して流入量を算出しているもので正確な量は出て来ない方式である。従つてもし他の方式を採用するにおいてはカットすべき洪水量が六八、〇〇〇立方米を超える場合もあり得るのであつて、もし万全の策を考えるなら、他の方法も合せて採用のうえ算出すべきである。

2 次に設計によれば既に述べた如くカットすべき洪水量を六八、〇〇〇立方米としているが、その基準自体一日の最大雨量を基準にしており、右六八、〇〇〇立方米は一日のカット量であり、これがもしこれと同じ量の降雨が一日ではなく数日続かない保障はなく、経験則によればむしろ数日続くのが通常である。仮りにこれと同じ最大雨量でないとしてもこれと同程度の雨量が数日続いた場合、被申立人の設計は限界を超え、とうてい充分な洪水に耐え得ない可能性がある。

3 又、そもそも富士戸川の洪水流出量の推算について、も疑問がある。これは、保安林伐採による増加流出水量の推算の算定の適否の問題なのである。即ち、被申立人の採用している方法はラショナル式であるが、これは日本において戦前より使用しているもので充分な資料のない場合にしばしば使用されるものであり、他に、ユニットグラフ法式、があり、現在建設省では殆んどこの方式を採用している。何となれば前者は充分な資料なくして推算するものであるから、これ又極めてラフな結果となるからである。因みに、被申立人が前者の方式を採用した理由として北海道開発庁が馬追運河揚水機場の設計に際し、採用したからと云つているが、これはおそらく昭和四三年度に作られた揚水機のことを云つているものと推測されるが、この揚水機自体あまり充分な機能を有していないことは陳述書其他資料により明らかなところであり、合理的理由にはならない。

又、確率雨量の決定において確率計算する場合、岩井重氏公式を採用しているが、この他に順序統計学、積算法等があり、これら方式は理論的に甲乙つけ難いとされながら、その結果にはかなりの開きがありその結果の妥当性については更に適合度の検定法が必要なのである。しかるに被申立人の算出結果について何らの検定がなされておらず、妥当な結論であるか疑問がある。

因みに被申立人の右算定に際し、雨量の観測資料は北海道さけます孵化場千歳支所における観測結果をそのまま長沼町の雨量の資料にしたもので果して長沼町に適合するものかどうか疑わしい。

以上のとおり被申立人の雨量計算、洪水量の推算において不充分かつ、不正確な点が多く、とうてい完全なものとはいえない。

二、砂防施設の根拠は全く不明である。

被申立人の主張によれば防衛施設の建設工事に伴う土砂を七四、〇〇〇立方米とし、推定流出量を五、八六四立方米としている。しかしながら右推定流出量は何らその根拠がない。因みに建設省で工事設計の場合一応の数字を出すが、それは専ら予算との関係で工事の規模を決定する為に便宜的に出すものであつて何ら科学的根拠をもたないものである。被申立人の右推定はおそらく建設省等の基準によるものと推定されるが、これを基にした砂防対策はとうてい十分であると断定し難いものである。

三、工事工程について。

被申立人は代替施設の工事の進渉に応じて立木の伐採あるいは防衛施設の建設を行なうから、洪水、等の危険はないと云う。もしそうならば何故、代替工事完成後に保安林の解除を行なわないのか、代替工事完成後でも解除は充分である筈である。敢えてこれをせず、早急に本件解除処分を行なつたことは、とりもなおさず代替工事完成前に基地設置を意図するとしか考えようがない。

又、疎乙一二号証の二3(8)によれば、「施設その他の部分の達成のための立木伐採、伐採は代替施設の完成に応じ、順次着手する」とあるのみで如何なる部分が、如何な程度に完成した場合に立木伐採を行なうというのか全く具体性がなく、専ら防衛施設局の判断のみに任されており、何ら適正を帰せしめる保障が皆無である。因みに流出の危険性のある砂土について張芝を行なうというがこれが機能を発揮するには一年間を要するのである。果して防衛庁は一年間基地設置を待つであろうか。そうして防衛庁の行なう基地設置計画は、単に代替施設の完成状況のみにより決定されるものではなく時の政治情勢と日米間の政治情勢に左右されることが特に多いことは公知の事実であり、一旦解除されるにおいては、何時、如何なる理由によつて一斉に伐採が行なわれるか知れず、これを否定する保障は何もないと云つても過言ではない。まして被申立人の主張によれば当初の計画では第三高射群の編成は昭和四三年度後半着工、同四四年度末完成の予定で約一年間で建設予定であつたという。加えて第三次防衛力整備計画では第四、第五高射群の編成も予定されており、第三高射群の編成遅延によつては右第四、第四高射群の編成に重大な影響があるという。かかる事情にあるからこそ解除を急いだのであり、その真の意図は代替工事完成前に基地工事着手する意図をもつているとの疑いは極めて濃厚といわねばならない。

四、結論

被申立人の計画している代替施設なるものはその根拠あいまいであり、且つ、代替工事完成とは無関係に何時基地建設工事が行なわれるか全く予測がつかない以上申立人に及ぶ危険は急迫、且つ現実的であるといわねばならない。

第五本件処分の効力停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるという主張について。

一、被申立人の主張するところは、結局本件処分の効力停止があつたときは、第三次防衛力整備計画による第三高射群中の第一一高射隊の編成が遅れ、その結果第四高射群の編成および第五高射群の編成準備にも重大な支障を生ぜしめることになり、防空力の整備が著しく困難となる結果、外部から武力攻撃を受けた場合、国の平和と安全は脅威を受け、国家としての存立にも重大な結果をもたらすことになり、「公共の福祉」に重大な影響を及ぼすというにある。

二、しかし申立書にも述べたとおり、自衛隊は憲法第九条に違反する違法な存在であり、既に有する装備自体が違憲違法であるのに、更にこれを増強することは一層その違憲違法性を強めることであつて、憲法第九条の存在する下にあつては、それが「公共の福祉」に当らないことはもとより当然のことといわなければならない。

三、又、自衛隊が違憲違法な存在であるという点をしばらくおいたとしても、公共の福祉は憲法の定める基本的人権の尊重という精神に則り、相対立することのある人権相互間の調和を図るところにその意義があるとする見地よりすれば、被申立人の主張する「公共の福祉」すなわち第三次防衛力整備計画の遂行を、他の何にも増して絶対化する論は誤りであるといわざるを得ない。行政府の決定を至上命令化し、これを妨げることが一般的に「公共の福祉」に反するとする議論が誤りであることはいうまでもないが、本件に則していうならば、ある軍事上の目的を絶対化して何ものにも優先させるということは、とりもなおさず軍事優先の論理であり、それはあたかも、旧日本軍隊の軍事優先の思想と論理をそのまま露骨に打出したものということができる。憲法第九条の存在する下にあつて、かような議論が許される余地はない。

四、のみならず、被申立人の論理によれば、行政府の定めた軍事上の措置は、それが一旦とられたからには、その手続が法定手続に違反しようが、またその結果国民の生活権(それは平和に生存しうるという意味で基本的人権である)が直接におびやかされようが、意に介するところではないというものであつて、到底法の保障を前提とするわが国社会生活の原則からいつて許され得べきものではない。

ましてや、現実に外国からのわが国に対する侵略の危険性が生じているわけではないこと公知の事実であり、少なくともその現実の危険性が第三次防衛力整備計画策定以前と以後において強まつたという客観的状況が何ら存しないこと明らかであるからには、被申立人のいう第三次防衛力整備計画の完全遂行、特に時間的意味におけるそれが、他の何ものにもまして意義のある「公共の福祉」であるとは断じていえない。

五、結局要するに、被申立人の主張する「公共の福祉」に重大な影響があるとする点は、架空な外部からの攻撃を現実にありうることとした上で、換言すれば、無い脅威を有る脅威と誇張した上で、これに対応する行政府の策定した第三次防衛力整備計画遂行を至上命令とする議論であつて、鬼面人を驚かすのたぐいのものに過ぎず到底採ることを得ない。

本件ミサイル基地の設置こそ、本案訴訟の確定を待ち得ない程の具体的緊急性が全く存在しないものである。<図表―略>

補充意見書

申立人らの昭和四四年八月一日付反論書につき、被申立人は、次のとおり意見を補充する。

一、本件処分の実体的適法性について

1 森林法施行規則二二条の八第五号の制定の趣旨

申立人らは、森林法施行規則二二条の八第五号を根拠に「代替施設を完備した時点で解除告示をするのが、むしろ法の予定した正常の手続であることを農林大臣自身において認めているのであ」つて、「本件告示は自ら予定した手続すら無視して強行した極めて特異なものなのである。」と主張される。しかしながら、森林法二六条二項の法意は、保安林指定の解除時において代替施設が完備していることを要求するものでないこと、また、行政実務においてもかかる取扱いをしていないことはすでに述べたとおりである。また、申立人らが、その主張の根拠とされる同法施行規則二二条の八第五号の制定の趣旨は、以下に述べるとおりであつて、申立人らの主張される如く、代替施設を完備した時点で解除すべきことを定めた趣旨のものではない。すなわち、右規定は、解除前において森林法三四条二項の形質変更の許可――保安林が森林といえなくなる程度でない形質の変更、すなわち、一時的な土地の形質の変更であり、再び森林状態に戻る程度のものに限り許される――を受けて、保安林の機能に代替する施設を設置する者、または、既存の代替施設を改良しようとする者がある場合に、許可の範囲にとどまるような代替施設の設置または改良についてまで、伐採禁止の制限を課する必要がないので、同条一項の許可を要せず届出をするだけで必要とする立木の伐採を行うことができる途を開いたにとどまり、保安林指定の解除前に積極的に代替施設を設置させる趣旨ではない。

2 防衛庁が本件ミサイル基地を美唄に設置することを計画しているとの主張について

申立人らは、一部新聞報道を根拠に本件ミサイル基地設置ができない場合には美唄に設置することを計画していると主張されるが、防衛庁がかかる計画をしたことはない。もつとも、昭和四〇年以降美唄市長等から再三にわたり産炭地振興のため、自衛隊誘致の陳情があり、主として陸上自衛隊の部隊設置について検討をしていることは事実であるが、現在のところ、決定の段階に至つていないものである。

本件第三高射群の部隊配置に関しては、美唄地区は、主要防護地帯との距離その他の点で誘導弾基地配置の原則からみて不適であることが明らかであり、当初の構想段階から候補地として考慮されたことはない。このことは、美唄地区と長沼地区との距離が約四〇キロメートルであることからも明らかである。

したがつて、長沼地区が適地でないとの申立人らの主張の理由がないことは明らかである。

3 日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊等の行為による特別損失に関する法律の制定について

芦屋の防風保安林伐採による農業被害も同法制定の契機の一となつたことは争わないが、同法制定の最も大きな契機となつたのは、東京湾口および佐世保湾口の防潜網水中聴音機その他水中工作物の設置または維持による漁業被害の問題である(同法一条一項一号、二号参照)。

二、代替施設について

1 富士戸一号堰堤の設計について

申立人らは、富士戸一号堰堤について、洪水調節量、洪水流出量および確率雨量の算出方法に不正確な点が多く、とうてい完全なものといえないから、同堰堤の設計に根本的に誤りがあると主張される。しかしながら、同堰堤の設計について採用された算出方法は、いずれも適切なものであり、したがつてそれに基づいて算出された数値は、正確、かつ、本件事案についてきわめて適切な数値であり、それを基礎とする同堰堤の設計には、いささかの誤りもない。以下事項ごとに申立人らの主張されるところが根拠のないものであることを明らかにする。

(1) 洪水調節量

本件保安林の伐採による増加流出量が富士戸一号堰堤の洪水調節容量六八、〇〇〇立方米を超える場合もありうるとの申立人らの主張は、同堰堤の洪水調節容量の誤解によるものと考える。

すでに意見書において述べたごとく、同堰堤は、洪水のピーク時までは、流入した水量のうち保安林の伐採により増加した水量以上の水量をカットしてこれを貯留する。洪水のピーク時における右カット量は、増加水量(毎秒4.8立方米)を上廻る毎秒4.93立方米であつて、この時点までの前記カットによる堰堤の貯留量(前記別表一の洪水のピーク時までの「施設々置後流入」と「流出」の各実線に囲まれた部分)が六八、〇〇〇立方米と算定した。したがつて、申立人らの主張されるごとく、「伐採後現況のピークより超えると算定する水量を六八、〇〇〇立方米としたものではない。

申立人らは、一定降雨に対して、洪水のピークの値は同じであつても、洪水到達時間が異る場合、換言すれば、ピーク流量の到達時間がのびてもピーク流量が等しくなる場合がありうるかの如く主張されるが、このようなケースは、現在の流出解析の知識ではありえない。すなわち、到達時間がのびれば、当然ピーク流量は低下するのが、現在の流出解析の常識である。

洪水到達時間算出方法として申立人らは四つの方式をあげておられる。しかしながら、一般に洪水流出部門での物部式とは日雨量より洪水到達時間中の最大平均時間雨量を算出する方法をさしているのであつて、洪水の到達時間を算出する方法には、一般に物部式とよばれるものはない。シャーマンはユニット・グラフ(単位図法)の提唱者であるが、中安博士と立神博士が日本国内の実情を考慮して、それぞれの単位図法を確立し、そのなかに、一般に中安法、立神法とよばれる洪水到達時間を算出する方法がある。また、ババリヤ式は通常ルチハの公式とも呼ばれており洪水到達時間算出方法として主要なものであるが、河道の勾配に大きく左右される性質の方法であるため、山腹の状態によつては実際の値よりかなり過少に算出される。げんに、昭和三七年八月石狩川水系の実績によれば、ルチハの公式で求めた数値の1.2倍ないし2倍の数値であつたことが報告されている。

よつて、富士戸一号堰堤の設計にあたつては、洪水到達時間の算出は、ルチハの公式に、流域山腹の状況を加味して算出する方法(愛知用水公団設計基準において採用された方法)によつてえた結果と立神法によりえた結果とを照合して調整のうえ、洪水到達時間を一時間と決定したのである。

しこうして、日雨量の時間配分は、シャーマンの方式によつて行ない、ユニット・ハイドログラフ(流出函数法)により富士戸一号堰堤地点の流量を算出したものであつて、申立人らのいうごとくピークを基準として適当にグラフ曲線を左右に配分して算出したものではない。

(2) 申立人らは、計画日雨量が数日続いた場合堰堤の計画が過少にすぎると主張されるが、同堰堤についての洪水調節の計算内容と水理学を理解しない見解といわなければならない。理論的に百年確率計画日雨量が数日続くということはありえず、また、同堰堤は、その洪水調節の計算内容をみれば明らかなごとく二四時間に流入した量はほとんど右時間内に下流に流出してしまい、堰堤に貯留しないので、仮りに同程度に近い降雨量が数日続いても毎日同様の洪水調節をなしうるのである。

(3) 富士戸一号堰堤地点における洪水流出量

馬追運河機場の排水計画を樹立するにあたり、流出函数法(単位図法の一種)により水理的な検討がなされているので、富士戸一号堰堤設置地点の計画洪水量の算出に当つても北海道開発庁の上記検討の結果を使用して同様な方法を採用している。ただ、保安林伐採地区における流出増加分の評価については、単位図法そのものがある程度流域の大きい地域における平均的な評価方法であるので、保安林伐採地区のごとき狭小な地区の流出量を算出するのに単位図法は適当ではない。したがつて、計画上の安全性を考え、保安林の伐採地区よりの流出量の算出のみをラショナル公式により算出したものである(保安林伐採地区の流出量の算出にも同じく単位図法を採用することは、過少な数値となるおそれがある)。

また、計画日雨量の決定は、一般に広く岩井公式が採用されているので、この公式によつたものである。しこうして、北海道さけます孵化場千歳支所は、長沼地区より多雨地帯に属するので、その観測結果を採用したのであつて、計画上安全側に作用するので問題はない。

計画日雨量について各種算出方法によつて算出される結果の検定法としては、資料から直接求めた経験的再現期間曲線の形によつて判断する以外に方法はない。気象庁では、経験的再現期間を求める方法としてハーゼンの式を使用して四〇年以上の資料のあるわが国の五七ケ所について各算出方法の適合性を総合的に検討したところ、経験的再現期間曲線の形は、直線型、単純曲線型、蛇行型、変曲型、階段型、極値飛出型の六種に大別され、このうち、直線型の場合はいずれの算出方法を用いても大差のない結論が出て問題はないが、それ以外の複雑な型の場合は差異が多いとされている。ところで、北海道さけます孵化場千歳支所における経験的再現期間曲線は直線型であるので、いずれの算出方法を用いてもその結果は大差がないと判断された。

(4) 以上のとおり富士戸一号堰堤の設計の基礎となつた洪水調節量、洪水流出量および確率雨量は、その算出方法がきわめて適切なものであり、したがつて、その算出の結果の数値もまた適切かつ、妥当なものであつて、この点に関する申立人らの非難は全く当をえないものである。

2 砂防施設

(1) 防衛施設の建設工事に伴う残土七四、〇〇〇立方米(六ケ所の土捨場で処理される。――意見書四〇頁)と推定土砂流出量五、八六四立方米とは数量的には直接関係を有するものではない。

(2) 土砂の推定流出量は、集水(流域)面積、集水区域の地表の状況ごとの単位面積当りの年間土砂流出量および土砂流出期間によつて算出することができる。

(ア) 集水(流域)面積

七基の砂防堰堤の全流域面積は183.4ヘクタールであり、各堰堤別の流域面積は疎乙第一二号証の一二、および疎乙第一六号証の面積表に示すとおりである。

右流域面積の山林は、防衛施設の工事をする地区と右工事とは無関係で山林のまま残る地区(「林地」)とに区分されるが、前者は、右工事施行の四ケ月間は地表の状態は「裸地」となり、工事終了後、張芝工事の施行により、「草地」となる。なお、意見書において述べたとおり、盛土(残土処分盛土を含む)は、防衛施設庁土木工事共通仕様書等により盛土に接する地山部分は段切に切つて盛土し滑りを防止し、最下層より水平に土砂をならし、敷層三〇センチメートルごとに転圧機により地山と同程度に十分締め固める。湧水、帯水の多い箇所は、施工前に排水措置を講ずる。法面は張芝、粗朶柵、張コンクリート、土留よう壁等により保護工事を行なうが、張芝部分の表層三〇センチメートルは腐植質の多い表土で覆い、芝の活着生長を助長する。また張芝は全面張芝(芝は新鮮な土付き野芝とし、すき間なく張り付け、目串で固定する。)とし、施行後は撒水その他の管理を十分行なつて維持されるので、張芝が完了すると同時に草地としての土砂流出防止の機能を果すものである。なお、以上のような状況であるから申立人らの主張される如く、張芝の機能を発揮するのに一年間もまつ必要はない。

(イ) 集水区域の山林の状況ごとの単位面積当りの年間土砂流出量

単位面積(一ヘクタール)当り、年間土砂流出量を裸地は三〇〇立方米、草地は一五立方米と見込んだのであるが、これは、林野庁の代替施設の設計標準によるものである。すなわち、林野庁の既往の調査結果に基づく代替施設の設計標準として用いられている土砂流出量は、裸地二〇〇〜四〇〇立方米、草地一五立方米とされているのであるが、右裸地の流出量は、荒廃山地からの全国平均の流出土砂を基準とするものであるので、本件土地については、丘陵性で緩斜地が大部分を占め、集水区域が小面積であり、工事中の傾斜地に大量の不安定な土砂が置かれることがない等、地形、地質、防衛施設建設工事計画の内容等からして裸地については中間の三〇〇立方米を見込めば十分と判断したのである。

(ウ) 土砂流出期間

土砂流出期間は、前述の如く工事期間四ケ月は「裸地」として計算し、工事施行後は張芝等により「草地」となるが、盛土等が安定して堅固、かつ、十分な草生状態となる期間を五年と見込んでいる。以後は張芝等による全面被覆と土留より壁等の土木工作物により地盤は完全に安定するのである。

(エ) 防衛施設の設置に伴う増加流出量

本件保安林指定解除地の立木の伐採ならびに防衛施設建設に伴う土砂の増加流出量は、各単位面積当り土砂流出量に伐採面積および各土砂流出期間を乗ずれば算出することができる。かくして算出した土砂流出量が五、八六四立方米である。

(オ) 砂防堰堤の貯砂量

七基の砂防堰堤の貯砂量合計は二〇、三三〇立方米で安全率を3.1倍ないし3.9倍を見込んでいるので、前記増加流出量の土砂を完全に留止しうる。

(3) 以上述べた如く、本件砂防施設の根拠、ことに推定流出量の根拠は明確であつて七基の砂防堰堤により、土砂の流出は完全に防止しうるのである。これをもつて単に予算との関係の便宜的数字であつて、これを基にした砂防対策はとうてい十分ではないとする申立人らの主張こそ理由のない非難といわなければならない。

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